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サヨナラバス

確かそんな歌がありましたよね……?

さて、うちの市が広域合併して、はや1年。
合併当初、「バスネットワーク」というシステムが提唱されました。
そのシステムの一環として走っていた路線バスのうちの1路線が今日で廃止となるため、
ちょっとだけ乗車してきました。

まずは、下の地図をどうぞ。

DSC05459.jpg


網掛けした部分が、うちの市の範囲です。
この左端「市役所」から、右端「田万川温泉」までをぐるーっと結ぶ路線が、
廃止の対象です。
「紫福」「むつみ」「高俣」「弥富」「田万川」というのが市役所の出張所のあるところ。
これらを約2時間で結び、1日2往復していました。
路線のほとんどが内陸部で、海岸部を走るJR山陰本線とは競合しないためか、
市役所~田万川温泉間の運賃が大人片道1,500円(参考:山陰線東萩駅~江崎間の運賃は650円)もし、
1便平均の利用客は1.2人だったそうです。
ちなみに、合併後民放が放送した特番では、運転士さん自ら値段について
「高すぎる、せめて半額程度に」と言っておられました。

僕が今日乗車したのは、「市役所」から「バスセンター」までの2分。料金は150円。
このわずかな間でも、運転士さんは「どちらまで?」などと話しかけてくださって、
嬉しかったですね。
僕が「センターまで」と言うとビックリされたようですが、
「今日で最後でしょう、だから乗っておこうと思って。」と言うと納得しておられました。

DSC05454.jpg


運転が開始されてもしばらくは「特急田万川温泉」の幕がついておらず、
営業所が手作りの用紙をフロントガラスに張っていたものでした。
数ヶ月して幕がついているのを見るようになりましたが、それも短命でしたね……。

さて、バスセンターで降りて市役所まで引き返している最中、
なんともおもしろい看板を見かけました。こちら。

DSC05457.jpg


(上に写っているのは僕の指です。あそこへ電話番号が書いてあったので……。)
駐車場内での事故等は「補償できかねません」とのことです。
これって、おかしいですよね?
「補償できかねる」と「しません」とに分けてみると、二重否定。
ということは、反対の反対は本当ですから、補償してくれるのか!!
みなさん、この駐車場では事故を起こしたって大丈夫ですよ~~!!


旅行記「3-1」「3-2」「3-3」が完成しています。
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今月を振り返って

中学校の頃、毎月終わりに「今月を振り返って」というプリントを書いていました。
大問が2つあって、1つ目は普段の学校生活について、
 ・宿題や提出物の遅れはなかったか
 ・掃除や係活動に真剣に取り組んだか
 ・部活動に積極的に取り組んだか
などを評価するもの、2つ目はクラスのために尽くしている人の名前を書くものでした。

で、今中学時代に戻って自分の行いを評価するのもいいですが、
僕が今日振り返りたいのは、やはりというか何というか、趣味のこと。
僕は去年から「鉄道乗車記録」なるものをつけているのですが、それによれば
 ①1/1~2/28の     (  )内は昨年の記録
  乗車距離……1494.7km (190.0km)
  乗車時間……14時間31分  (4時間55分)
 ②3/1~3/31の     (  )内は昨年の記録
  乗車距離……2527.5km (1841.7km)
  乗車時間……28時間22分  (15時間59分)
 ③1/1~3/31の     (  )内は昨年の記録
  乗車距離……4022.2km (2031.7km)
  乗車時間……42時間53分  (19時間54分)
と、出だしから今に至るまで、常に昨年の記録をはるかに超えており、
3月までの乗車距離・乗車時間が何と倍増しています。
このままいけば、今年の乗車距離は約12,000kmか……。
まぁ、そううまくはいかんでしょう。

あと、旅行記3-3、3-4ですが、3-4は明日明後日くらいには公開予定です。
ただ、3-3については少々手間がかかりますので、完成がいつということは
現段階ではわかりません。
ちなみに、旅行記を書くときの気の入れようの1つの目安となるのが、
皆さんからのコメントの量や内容です。
つまりですね、皆さんが既に公開済みの3-1や3-2に積極的にコメントを寄せてくれれば、
3-3、3-4の内容は良くなり得るし、公開も早くなり得るのです。

まぁ、私が申しあげられるのはこの程度でございます。
この後皆さんがどうなさるかということは、皆さんのお好きなように決めてください……。
(ここまでやると少々横着ですね。失礼しました)

春は別れの季節です

春の別れをテーマにした曲は、今も昔も絶えません。
たとえば、昔なら
 ♪春なのに お別れですか 春なのに 涙がこぼれます
  春なのに 春なのに ため息またひとつ

今であれば
 ♪桜の花びら散るたびに 届かぬ思いがまたひとつ
どちらにも「またひとつ」という歌詞がある、と……。(関係なし)

先日、「雲隠れ」の最中の新聞に、県内の教職員異動のリストが掲載されていました。
それをじっくり読んでみると、出身中学校の先生の入れ替わりがなんと激しいことか。
このたび移動される先生のほとんどが、僕と接点のあった先生です。
たとえば、このブログにこれまで登場した先生としては、
 ◎買い換えた車で初めて通勤してこられた日の姿を、僕がじっくりと目に焼き付けた先生
 ◎入試の1月前から、毎日小論文の指導をしていただいた先生
 ◎憲法の主な条文をすべて暗記させた先生
などが、またブログには登場しなかった先生のなかでも、
 ◎部活の顧問だった先生
 ◎約1年半通して数学を担当された先生
 ◎学年集会は毎回「黙想」から始めることや、
  集合の際学級委員に集合状態を報告させることを提案された先生
などが異動されます。
できれば僕も離任式に参加したいくらいですよ。(本気で)

あと、リストをじっくり読んで発見したことが、
 ◆市内で最も規模の大きな中学校の校長・教頭が共に入れ替わっている。
 ◆部活の試合のとき何度か見た、他校の厳しそうな先生が僕の出身校にやってくる。
ということ。
校長・教頭が共に異動というのはなんたることか……。
残された教務や生徒指導などの「実力者」にはかなりの負担になると思いますがね。

さて、「雲隠れ」の間の記録1日目・2日目が完成しました。
3月24日・25日のスペースをどうぞ。

帰ってきました

23日に更新をして以来「雲隠れ」していましたが、今日からまた更新を再開します。

さて、この数日間僕は一体何をしていたのか?
実は、山奥にこもって「自分という不思議な存在」について考えていました。
……僕はどうも見え透いたうそをすぐにつく習性があるようで。
まぁ、皆さんも想像はついていると思いますが、ちょっとtravelに行ってきました。
というわけで、旅行後の恒例の「旅行記」を3/24~3/27のスペースに公開します。
お楽しみに~~。

2006.春 旅行記 3-4

「時間がかかる」としていた3-3がすぐできたわりに、「すぐできる」としていた3-4の公開を待たせてしまいました。すみません。

さて、人生最長の3泊4日の旅行も今日で終わり。今日は月曜日。父は図書館司書や美容師ではないのでもちろん今日は仕事です。そのため、新幹線の時間よりはかなり早く名古屋駅へ到着。まだ1時間くらいの余裕が……。でももちろんすることはあります。まず、「各県代表駅の入場券購入・写真撮影」を済ませましょう。駅の外へでて、名古屋駅(在来線側)の写真を撮影します。写真に写るのはわずかですが、本当は大阪梅田の丸ビルのような高い丸い駅ビルが上の方に続いているんですよ。

DSC05332.jpg


次に、入場券を買うべく、みどりの窓口へ。入場券くらい、わざわざ窓口へ並ばんでも券売機で買えよと言う方もいるかもしれませんが、収集するのには窓口で買うマルス券のほうがずっといいのです。印刷が券売機のものよりかなり長持ちするそうですよ。

窓口で並んでいると、数人前のお客さんが外国人であることに気がつきました。その方の番が回ってきて……。お客さんと顔をあわせて駅員さんはビックリされたようですが、お客さんは身振り手振りでどうにか必要な切符を売ってもらっていました。将来、外国人を相手にでも切符を売らなければならないであろう僕。まだ自分の番まで時間があるので、外国人とのやり取りを想定したスキットでも作りましょう。

僕:Which train do you want to take?
客:I'd like to take NOZOMI ***.
僕:From here?
客:Yes.
僕:To?
客:Shin-Yamaguchi.
僕:OK. Wait a moment.
  Here is your ticket. NOZOMI ***, from here, to Shin-Yamaguchi.
  Thank you very much for using JR-TOKAI. Have a nice trip!

こんな感じでいいのかな?「From here?」とか「To?」とか、少々投げやりな表現ではありますが……。こんなことを考えながら窓口に並び、僕は無事入場券を(もちろん日本語のやり取りで)購入できました。

することを済ませてもまだ時間はあり……。とりあえず、トイレにでも行っておくことにしましょう。構内の「トイレ」の案内に従い到着したのが、「タワーズ内郵便局」横のトイレ。ここへ入り、したいことをすませ……。この間、数十秒ですね。ここで、へたをすると事件の目撃者になってしまうところでした。

この翌日(28日)にYahooのニュースを見てみると、「名古屋駅構内のトイレで女性刺され軽傷」というのが出ていてですね。見てみると、「現場はJR名古屋駅の桜通口の近くにある「タワーズ内郵便局」の隣の女子トイレ。」とのことで……。もちろん、僕が利用したのは男子トイレですから(笑)直接の目撃者にはならないにせよ、1日と数時間ずれていたら犯人の目撃者になっていたかも……。(ちなみに、現在このニュースを検索しても「タワーズ内郵便局」という表記はされておらず、ものによっては「軽傷」が「重傷」になっており、さらに「女性の狂言?」となっているところもありました。真実はどうなのだろう)

このあと、コンコースで土産物屋をひやかしたりしてから、新幹線ホームへ。1日目に行かなかった「きしめん住よし」のことがふっと脳裏をかすめましたが、さすがにおなかはいっぱいで、行くのはやめました。

早速今日も「各駅降りつくし」の旅を開始します。そういうわけで早速下車したのが岐阜羽島。この駅、「岐阜県を(新幹線が)通過するのに駅がないのはおかしい」という地元の議員さんの一声で設置されたそうで、本来なら「新岐阜」となるべきところ、名鉄に「新岐阜」駅があるため、「岐阜羽島」という名前になったそうです。ところで、1日目に新岩国駅で「国宝」級の駅設備「ホームのパタパタ表示機」を発見しましたが、ここ岐阜羽島駅でも「ホームのパタパタ表示機」が使われていました。

DSC05346.jpg


まぁ、これだと「準国宝」級ですね。このタイプはJRになってから付け替えられたものですので……。それに、コンコースの表示は電光式になっていました。それでもパタパタ式が現役なのだからたいしたものです。

ところが、驚きはこれだけですまなかった!なんと、次の米原もホームの表示はパタパタ式。岐阜羽島に同じく、コンコースの表示は電光式でしたが、やはりすごい!

DSC05362.jpg


ちなみに、米原駅では他にも驚くところがあります。この駅、新幹線ホームが地上にあるのです。写真は、地上の新幹線ホームを通過する500系。これを見れば、ホームが地上にあることがわかるはず。

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「えっ、この写真じゃわからない」って?そんなことはないはずです。高架の駅であれば、ホームの屋根より上に写るものはないはず。ところが何と、本来線路下にあるべき通路が屋根の上にある!また、ここには載せませんが新幹線ホームから外を見れば、同じ高さに在来線が。やはりこういった点で「地上にある」ということを実感させられます。

次は、京都。実は、ここで僕主催のオフ会「鉄ちゃんよ、京都駅に集え!」を開催することにしていました。参加者は、管理人の「急行 丹後」さんと、このブログのお得意の「タム」さん。オフ会と名乗るには少々小規模すぎるようにも思いますが、いいのです。ちなみに、急行 丹後さんには、以前僕が名古屋へ行く際、「(新幹線の)京都での停車駅が2分あるから会いに来ないか」と言ったことがあるのですが、彼はその日に修学旅行に行くようになっていて、実現せず。また、タムさんとはお正月に会うようにしていたのですが、不運の連続(?)で会えず。今の僕を作っている重大な要素である2人とは、まだ1度も会ったことがなかったのです。

あいにく京都駅で取れる時間はわずか20分。その限られた時間を、「どこにいるんだ~~?」で割くことは許されませんので、完璧なまでの集合場所・時間を連絡しておきました。「10:20着のひかり363号の6号車前よりのドアから降りてくるから」。京都駅が近づき、6号車にいる僕が前よりのドアへ移動しようとしたところ……。車両前部に座っていたお年寄りの団体がゆっくりと立ち上がり、ゆっくりとドアへ移動し……。ドアが開いたら一番に降りりようと思っていたのですが、思わぬ敵が立ちはだかりました。(笑)結局その団体の降りるのを待ったので、ドアが相手から1分くらいは降りられませんでしたよ。

まぁ、(降り損ねるのではと)ヒヤヒヤしたものの、ちゃんとした集合場所・時間のおかげで降りればそこにちゃんと2人が。まず、僕が「オリジナル・参加記念証」を2人に渡し、急行 丹後さんからは動画のCDを、タムさんからは近鉄の情報誌をもらいました。(ちなみにこの情報誌、駅で無料配布されているものかと思ったのですが、よく見ると「1部70円」と書いてありました……。)このあと、駅名看板の前で記念撮影をし、この次のこだまで旅立ちました。最後はギリギリで、駅名看板の前のドアがグリーン車のドアだったにも関わらずそこから乗車し……。下のような写真を撮られてしまいました。

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(タムさんから頂いた写真の一部を拡大しました)

新大阪駅ではわずか3分で乗り換え。JR側ではこれを「乗り換え」とみなしていないようで、到着前の放送の後続列車の案内に入っていませんでした。さらに、その次の新神戸駅。この駅は山の中に作られており、ホームの両側はすぐにトンネル。それと関係あるのかないのか(多分ないが)ホームドアがついており、列車が来るときのみ開くようになっています。その際の音楽がまた妙な選曲で……。「♪はるかな湖畔の森のかげから もう起きちゃいかがとカッコウが鳴く~~」なぜ?この曲の出出し(でだし)、「♪はるかな湖畔の」が「鉄道唱歌」の出出し「♪汽笛一声新橋を」に似ており、最初は「鉄道唱歌か?」と思ったのですが……。

さらに進み、姫路駅。世界遺産に指定されている姫路城があるところですね。駅のホームからも姫路城が見えます。ほら!!生で見れば中央奥に見えるのですが、写真では見えないかな~~?

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ただ、個人的には遠くへ見える姫路城よりもっとおもしろいものが、新幹線ホームから見えると思うのですが……。こちらです。

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何かとお騒がせな、「東横イン」と「JAL(ホテル日航)」が隣り合っています。

ところで、姫路駅はこの旅行初日の24日夜~25日早朝にかけてかなり大規模な(「大変大掛かりな工事で、当社エリアでは過去最大の切替工事在来線の高架化工事」山崎社長)がされており、在来線ホームはぴかぴかでした。

1日目の「降りつくし」区間(新山口→福山)ではすべてが0系か100系でかなり空いていたのですが、今日の「降りつくし」区間(名古屋→福山)では0系・100系のみでなく300系・700系7000番台(レールスター)にも乗れ、なかなか楽しいです。それでもいいかげん疲れてきた頃……。車内のニュースを見て驚きました。

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九州で震度5弱(だったかな)が記録されたとか。去年3月に名古屋へ行った際にも、九州で地震(福岡県西方沖地震)が起こりました。僕が名古屋へ行くと、2階に1回の確率で九州で地震が観測されるようです。謎だ!!

さらに進み、今回最後の乗換駅、徳山駅に到着しました。ホームからは海が見えます。

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徳山駅から16分、ようやく今日の終着、新山口駅に到着しました。名古屋から新山口まで、「のぞみ」に乗れば3時間かからないところをほぼ1日かけて移動した今回の旅。もちろん、楽しかったですよ。楽しかったけど、疲れましたね……。

ここで、4日間行動を共にした記念グッズを。

まず、各駅で集めた記念スタンプ。

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左上から順に、
徳山・新岩国・三原・米原・大津・京都
神戸・三ノ宮・神戸空港・三宮・尼崎・堺市
京橋・岐阜・名古屋・名古屋・高蔵寺・岐阜羽島
新神戸・西明石・相生・岡山・新倉敷

次に、今回使用したきっぷ。

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「降りつくし」で使用した指定席券が大半を占めていますが……。ちなみに今回の新幹線のきっぷ、全部で27枚ありますが、購入するのに15分くらいかけてしまいました。駅員さん、本当にありがとうございました。

最後に、青春18きっぷ。

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これをもって、今回の旅行記のすべてがおしまいです。ありがとうございました。

2006.春 旅行記 3-3

昨日は5時起きでしたが、さすがに今日はそんなことはありません。5時半起きです。(似たようなもんじゃ!)別にこんなに早くから起きる必要はなかったのですが、なぜかそういうことになってしまったので……。5時半に起き、6時に家を出ます。そこから名鉄で名鉄岐阜駅へ。どうしてまた、岐阜へ?その理由がわかる人は、おそらくいないでしょう。よっぽど察しがいい人でない限り……。とりあえず、腹が減っては戦ができません(3-1でもそう書いたっけ)ので、駅前の「めしや 宮本むなし」へ。この「宮本むなし」という名前、個人的にはかなり気に入ったのですが、どういう意味があるのでしょう?関西を中心にしたチェーン店だそうです。定食屋ということになっていますがメニューは豊富で、どれにするか悩んだあげく……。カレーライスを注文。朝からカレーというのはどうかとも思いましたが、好物なので、まぁいいでしょう。ちなみに、注文を取りに来た店員さんが「ただ今サービスでライスを大盛りにしておりますがどうされますか?」と言われたので、何も考えず「お願いします」と言ってしまいました……。それでも量はよかったし、おいしかったのでいいのですが、朝から大盛りのカレーなんて、人に言えたもんじゃないね。黙っとこ!あっ、言っちゃった!!あと、この店の話でもう1つ書きたいのが、店内のBGMのこと。「ジェットストリーム」で流れてそうな曲がいろいろとかかっていたのですが、その途中に「ソラ♭ソファ♯ソミ(上)~~ ドレミ♭ミ♭~レドミ♭ラ♭~~」というのが。これ、多くの人は音で書いただけでは何の曲だかわからないと思います。ただ、聞けば絶対にわかりますね。この曲をバックに芸を披露している芸人さんがいるのです。では、その声をまぜて、もう一度。「ソラ♭ソファ♯ソミ(上)~~ ヒロシです……」もちろん、かかっているのは曲のみで、「ヒロシです……」なんて入りませんよ。でも、この「ソラ♭ソファ♯ソミ(上)~~」を聞くと、頭の中で自動的に「ヒロシです……」が再生されるんですよ。もう、カレーを食べながら吹き出しそうになりましたよ……。

さて、この「宮本むなし」からJRの岐阜駅へ移動。話には聞いていたのですがこのJR岐阜駅、ホームがかなり高いところにあります。また、駅舎がかなり立派です。新幹線が停まっていたって違和感はゼロですね。

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ここから先が、僕がわざわざ岐阜までやってきた理由です。JRで名古屋まで帰るのですが、その際に乗るのが何と……。

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グリーン車!フォ~~!!(何を言っているのか自分)何と思い切ったことを、と思ったあなた。この車両は「しらさぎ」用の683系ですが、「しらさぎ」に乗っているわけではありません。乗車券に310円の乗車整理券を買い足せば乗車できる、うわさのホームライナーです!したがって、扱いは普通列車。なのでグリーン券も常識破りの安さで、何と750円。普通車に440円の差額を払うだけで乗車OKなのです。(ちなみに松江・出雲地区で走っている「通勤ライナー」はグリーン車も開放されているそうですが……。)683系といえばアナタ、JR西日本を代表する特急列車ですよ。そのグリーン車に750円で乗れるなんて……。夢のような話です。父も「この座席でどこか遠くへ行きたい……」などと言っていました。将来はグリーン車でどこかへ招待できるくらいにならないとなぁ……。

名古屋駅までの乗車時間は21分。どうせならもうちょっとゆっくり行くとか、途中駅で長時間停車があるとか、そういうダイヤでもかまわないのに……。やっぱり「ホームライナー」でなく本業の「しらさぎ」で、ゆっくりとグリーン車を味わうのがいいですね。

名古屋駅でまた名鉄に乗り換え、中部国際空港へ。名鉄の電車には「グリーン車」に相当するものがありませんが、一番贅沢な座席といえば、「パノラマスーパー」の先頭車最前列のものではないでしょうか。全面展望がほしいままです。写真は、その展望車から見た中部国際空港。

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この座席を利用する際の特別料金などはなく、通常の特急特別車と同等の扱い。したがって、乗車券と350円の「ミューチケット:指定席券」を購入すれば気軽に利用できます。

さて、中部国際空港では、僕が中学生の頃ネット上で知り合った「REDさん」と会うことにしていました。僕はこれまでに「特急スーパーはくと」さん(現:福鉄運転手さん)、「DF200-7号機さん」(現:CAP7AINさん)と会ったことがありますが、REDさんはネット上で知り合った人と会うのは初めてとのこと。初めて会ったネット上の知り合いが僕だというのは、なんとも名誉なことであります。約束の10時。REDさんと無事集合でき、空港のあちこちを案内していただきました。空港内では「愛・地球博」を振り返る催しもあり、トヨタ館で人気を呼んでいたあの車(こう見えても車なのです)も展示されていました。

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僕の中部空港訪問は3度目ですが、送迎デッキ(「スカイデッキ」という)はいつも満員。今回もそうでした。そのため、遠くから撮った写真を無理やり拡大したものですが、ANAの新型機、B737-700の写真をどうぞ。

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1号機、2号機は金色の帯をまとっている「ゴールドジェット」ですが、3号機以降は通常の青帯塗装になっています。翼の先端のウイングレットがなんともいえません……。えっ、やっぱり金帯塗装が見たいって?仕方ないですね~~。

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初めて写真で見たときは「白黒写真に見える」と思ったものでしたが、生で見るとやはり金色です。ビックリしました。

REDさんとはここでお別れ。再びの対面を誓い、父と集合します。向かったのはカレーうどんで有名な「若鯱屋(わかしゃちや)」ここで15分くらい並び、カレーうどんを食べました。朝はカレー、昼はカレーうどん……。(笑)朝・昼とも、カレーの味は我が家よりかなり辛かったです。そういえば、前空港に来たときは「台湾ラーメン」を食べましたが、これもかなり辛かった……。

早速ですが、僕はこの空港のキャラクター「セントレアフレンズ」を気に入っています。たとえば、学校へもって行っているクリアファイルはこの「セントレアフレンズ」のもの。そんな「セントレアフレンズ」の代表といえば、やはり「なぞの旅人フー」です。「フー」というのは、「だぁれ?」の「who」や、スカイデッキを流れる風の音「フー」をとった、と聞いています。スカイデッキを出たところには、全開まではなかった「なぞの旅人フー」のでっかいモニュメントができていました。

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何か「あたしン家」のお母さんに似ているような気もしますが……。

「セントレアフレンズ」ファンの僕ですから、当然売店のオリジナルグッズのチェックも欠かせません。見ていると、記念スタンプの台紙やノートを入れておくのにちょうどいいサイズの透明なケース(やわらかい袋)が600円で売られていまして……。現在僕は記念スタンプの台紙やノートは、100均で購入した同様のケースに入れており、とくに不自由はしていないのですが……。やっぱりここで新しく買って帰ろうか、どうしようか……。考えていると目に付いたのが写真のおねがい。

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もう、これを見て「買おう!!」と思いましたよ。このケースを買えば、今後旅行の際にはいつも持ち歩くことになりますからね!!

これにて午前中の予定は終了。ここからがまたすごいですよ。中部国際空港から名鉄、地下鉄を乗り換えて、名古屋を代表する繁華街、栄へ。ここには「日本車輌」のやっている鉄道グッズ店「日車ゆめステーション」があります。過去に1度行っており、今回はどうしようかな~~と出かける数日前にHPをチェックしてみると……。一瞬で行く気にされるような、ものすごいイベントが企画されていました。そのイベントとは、「鉄道の旅フェスティバル」なるもの。僕が旅行する3月25日と26日に、この店の入っているNHKの建物でいろいろなイベントが催されるのです。それらの目玉となるのが、「関口知宏 カズン 鉄道の旅ライブ&トーク」。「関口知宏」とは、NHKの番組で日本中の鉄道を乗りつくした、あの俳優さんですよ。そして、「カズン」とは、「鉄道12000km最長片道切符の旅」のテーマソングを歌っているグループですよ。自分が名古屋へ行く日と同じ日に、彼らも名古屋でライブやトークをするなんて、これを表現するのに「奇跡」以外の言葉が見つかりません。当然、HPでこの予定を見て、僕は即座にここへ行くことを決めたわけです。

「鉄道の旅ライブ&トーク」と、「鉄道の旅」と名乗っているだけのことはあり、なんともにくい演出がされていました。はじめに「カズン」の2人が登場し、場を盛り上げたところで、関口さんがイベントで見かけるような小さい新幹線に乗って登場されるのです。おまけにその際、会場には「まもなく、終点名古屋です。地下鉄線・近鉄線・名鉄線・あおなみ線はお乗換えです」と流れるようになっていて……。(もちろん、新幹線で使われているそのままのものがです)そこからは関口さんがご自身の旅行について披露されたり、「カズン」の2人と一緒に「最長片道切符の旅」のテーマソングの「風の街」を歌ったり……。今後何十年と生きることになるでしょうけど、こんな機会は二度と訪れないでしょう。本当にいい1時間でした。

ちなみに僕は「鉄道のりつくしの旅」の際、関口さんにお会いしたことがあります。地元の駅を通過されるのを半日待ち続けて……。(笑)

グリーン車に乗り、空港へ行き、関口さんに会い……。ここで1日が終わっても全く文句はないのですが、まだまだ続きます。ここから地下鉄で名古屋駅へ。さらに、中央線で高蔵寺駅へ。この先どこへ向かうかは、もう想像がついているでしょう。高蔵寺駅で愛知環状鉄道に乗り換えて、八草駅へ。そしてそこから……。リニモです。愛・地球博です!!閉幕して半年。会場が今どうなっているのかを見るべく、昨年多くの人でにぎわったルートを再び通り、会場へ向かうのです。ここからは、某番組(もう終わったけど)にならい、当時撮影した「before」と、現在の「after」と、2枚セットで写真を載せていきます。

当時は「万博八草」駅と名乗っていた八草駅は、人の姿もまばら。(まぁ、写真を撮ったりする分にはその方がいいのですが)あの頃は、リニモに乗り換えるには一旦外へ出て、広いロータリーで並んでから乗ったものですが、今は乗り換えもスムーズ。すれ違う人さえいません。では、ここでさっそく写真。(万博)八草駅前の様子です。

【berofe】
DSC03289.jpg


【after】
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万博終了後もリニモの駅名は「万博八草」となっていましたが、4月からは愛知環状鉄道と同じ「八草」に変更になります。「万博八草→160円区間」の切符もいい記念になりますね……。

昨日乗車した「ポートライナー」と同じく、リニモの各駅には完璧なホームドアが設置されています。万博を訪れる人で混雑していた時代を思い起こさせるものの1つですね。昔はリニモに乗るにはかなり並び、下手をすれば1~2本待たないといけないようなことでしたが、今はそんな混雑とも無縁です。ではここで、

【before】
DSC03291.jpg


【after】
DSC05315.jpg


さらに、

【berofe】
DSC02453.jpg


【after】
DSC05321.jpg


こうなるともう、「たけき者も終には滅びぬ」の平家物語の世界ですよ。あの頃はリニモで座ろうなんて無理な願いでしたが、今は4人がけのボックスシートを独占することさえできてしまいます。

「万博八草」駅と同様、4月から改称(「愛・地球博記念公園」駅)される「万博会場」駅で下車。あの頃はホームからどこから人がバサーッといて、人の流れに動かされているような感じでしたが、今はやはり人の姿は皆無に等しい。そして、色とりどりのパビリオンが連なっていたはずの会場に、今は何もない!!「愛・地球博記念公園」という駅名にふさわしいレベルに整備されるまでは、まだまだ時間がかかりそうです。

【before】
DSC02449.jpg


【after】
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万博会場駅から、コカコーラの広告を身にまとった車両に乗りさらに先を目指します。

DSC05317.jpg


ここまでで、あの頃から変わっていないものは発見できませんでした。ただ、駅を出て左手に見える観覧車だけは、あのまま残っていました。

【berofe】
DSC02435.jpg


【after】
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結局あの頃から変わらないものはこの観覧車だけのようです。この先の駐車場も今はなくなっていました。

【before】
DSC02434.jpg


【after】
DSC05324.jpg


終点、藤が丘駅に到着。ちなみにこの駅は高架ではなく地下にあり、接続している地下鉄の駅は地下ではなく高架。あべこべだ~~。昔はここにカマボコ型屋根の建物があり、この下に延々と並んだものでした。

【before】
DSC02420.jpg


【after】
DSC05326.jpg


これで今日の旅行記は終わりです。そうそう、「セントレアフレンズ」ファンの僕にとって見逃せないのが、名鉄で1編成だけ走っている、「セントレアフレンズ号」。いつ走っているかは公表されておらず、いわば「名鉄のドクターイエロー」。この「セントレアフレンズ号」に、最後の最後、名鉄で帰る際に出会えました。

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1編成3両すべてに、このようなラッピングがされているんですよ。

2006.春 旅行記 3-2

ここで「旅行記」を公開するようになる前からいろいろなところに旅行をしてきましたが、2日目以降の朝はたいてい8時ごろまではホテルでゆっくりしていたもの。ところが、今回は記録破りですよ。何と、起床が5時。それから軽く朝食を取り、父と一緒に5時30分ごろ家を出ます。それからJR名古屋駅へ向かい、6時前に青春18きっぷに2人分の判をもらい、東海道線下りホームへ。ここからどうなるのかというと……。
「これは、ミステリーですねぇ」
「健太には、わかるの?」
「解けない謎は、ありませんから!!」
「JR名古屋駅に6時前、青春18きっぷ、東海道線下りホーム……
 なぁんだ!謎が解けちゃった!簡単ジャン!!」
おそらく鉄の皆さんは、すぐに謎が解けたでしょう。ここから乗車するのは、僕がこれまで新幹線500系、トワイライトエクスプレスと並んで「一度乗りたい列車」としてあげていた、あの列車です。

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ジャジャーン!!ムーンライトながらです。(「一度乗りたい列車」が500系、トワイライト、ながらというのは何という組み合わせだろうか)ちなみに、父は1週間前に名古屋から同様にムーンライトながらに乗ったそうですが、その時はやはり「座れなかった」そうです。やはり今回もそうでしたが……。18きっぷの時期でなければ名古屋からでも座れる日もあるようですが、18きっぷの時期真っ最中のこの日となればやはり座ることは無理でしょう……。1号車後ろ側のデッキに立っていましたが、混雑具合は下のような感じでした。

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3号車までを見てみましたが、もちろん座席はすべて埋まっており、それぞれのデッキに10人程度の立ち客がいました。また、目や口にマスクを当てて寝ている人ももちろんいましたが、スーツにネクタイのビジネスマンも多く見受けられました。東海地方ではほぼ各駅に停車するため、早朝の通勤列車としての役割も果たしているようです。

結局大垣まで立ったまま過ごすことになりましたが、最終的には立っていた方が有利なこともあるわけで。終点大垣が近づくと、車内は騒がしくなってきます。そのわけは、乗客の多くがさらに西を目指し、大垣で後続列車に乗り換えるため。そのため、乗り換えるためには立っていた方が、デッキの「良い位置」をキープできてよいのです。

6時53分、終点大垣到着。ドアが開くと同時に、車内から乗客がいっせいに下車し、狭いホームを走り、階段を駆け上がり、隣のホームの普通加古川行きに乗り換えます。乗り換えの時間は5分ありますから、ゆっくり行っても乗ることは十分できますので、乗客が急ぐのは席を確保するためですね。この人の流れは「大垣バトル(大垣ダッシュ)」と呼ばれています。このことは「一般の乗客に危険だ」として、大垣市議会でも取り上げられたそうです。ちなみに僕たち親子は、周りの人が走っているのに自分達だけ歩いていると危険なので……といった感じで「まったりと」走りましたが、それでも席は確保できました。

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この後「天下分け目の関ヶ原」を通り、米原で新快速に乗り換え、さらに西を目指します。が、途中大津駅で一度下車。なぜか?出雲の旅行の際に書きましたが、「各都道府県の中心駅の入場券を集める」という計画の一環として、大津駅で降りたわけ。ちなみに大津駅は東萩駅のように改札窓口とみどりの窓口がつながっており、1人の駅員さんが両方の担当をしておられました。ちなみに僕はその駅員さんに「①青春18きっぷに途中下車印を求め」、「②記念スタンプの位置を聞い」てから「③入場券の発券を求めた」ため、②までの段階で鉄だと見破られたらしく、入場券の発券を求めた際「大人用でよろしいですか?」と聞かれてしまいました。

さらに2駅西へ進めば、そこは京都駅。もちろんここでも下車します。京都へは中3の頃修学旅行で来て以来。「乗りたい列車」のことを先ほど書いたところですが、「もう一度行きたい街」のNo1は京都です。在来線(JR西日本)の出口を出ると、早速京都タワーがお出迎え。

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修学旅行の時には京都タワーに上がって市内を眺めましたが、そんな時間もなく入場券の購入に向かいます。僕の収集のルールでは、京都駅はJR東海とJR西日本が同居しているため、入場券は両方の窓口で1枚ずつ購入することにしています(たとえば、JR西日本とJR九州が同居している博多駅でも同様)。まずはJR西日本の窓口で入場券を購入し、その後JR東海の窓口を探して……いる最中に、小さな台の上に花がいくつか置かれているところを通りました。何かと思ってみてみると、そこは今月上旬にホームレスの男性がシャッターに挟まれて死亡した現場でした。献花台?の説明を読むと、その男性は毎日リヤカーを引いてアルミ缶を集めていたのだとか。そう聞くと確かに気の毒でもありますが、やはりシャッターを閉めてしまい逮捕された、わずか19歳の駅員さんがかわいそうに思えます。これからまだまだ未来があっただろうに……。「駅の利用者でない駅の利用者」の権利というのは、どこまで守られるべきものなのでしょうか?いずれにせよ人が1人亡くなったのは事実であり、手を合わせてきましたが、今思えばその時間というのはちょうど福知山線の列車事故から11ヶ月が経過した頃だったのでしょう。

京都駅からは、JR西日本自慢の新快速で一気に神戸駅まで移動。確かこの移動中だったと思いますが、窓に紙がいろいろと貼られた(団体列車と思われる)キハ181系5~6連とすれ違いまして、この間に国鉄色が1両挟まっていました。国鉄色のキハ181系は久しぶりでした……。さて、街のイメージに似合わず近代的なデザインとなった京都駅と逆に、いかにも「神戸」といった感じのデザインの神戸駅に到着。もちろん入場券を購入し、2駅戻り三ノ宮へ。余談ですが、「さんのみや」駅はJRの場合「三ノ宮」、私鉄は「三宮」と、「ノ」を入れるか入れないかで差があります。同様なことが「にしのみや」駅でもいえます。「さんのみや」「にしのみや」と打って変換し、表記の違いを確かめてみてください。余談でした。

さて、三宮とくればここからどこへ行くのかわかる人にはわかるのでは。三宮とくれば、そう、ポートライナーですよ。ポートライナーといえば、そう、神戸空港!!ちなみに神戸空港には「マリンエア」という愛称がついていますが、その名の通り送迎デッキからは海が望めます。これでジャンボジェット機でも来ていれば言うことはないのですが……。見られたのは何かとお騒がせなスカイマークと日本航空系のB737。

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本数や空港の規模から、まだまだ発展途上といった感じを受けました。将来的には騒音・振動で訴訟にもなった伊丹空港に匹敵するようにはならないと意味がないと思っていますが、果たしてそうなるのはいつになるか……。少なくとも、ターミナルビルの小ささや交通の便の悪さはどうにかすべきですね。

行きは急いでいたのでポートライナーのあれこれは観察できませんでしたが、帰りは余裕があったのでそちらの方も。ポートライナーは名前の通り海の近くを走り、港町神戸を眺めることができます。車窓から見えたのは、写真でしか見たことのなかった「メリケンパーク」。

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普通は18分、快速は17分で三宮駅に到着します。ポートライナーはリニモやアストラムラインのように各駅に完璧なホームドアが設置されており、きれいな写真を撮ることはできません。到着後三宮で撮ったのは、こんな写真。

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Don’t be shy!そんな言葉をかけたくなります。ガラス越しでなく、生で顔を見せてよ!と。

ここからJRの三ノ宮駅へ移動し、そこから東海道線、JR東西線、大阪環状線、阪和線を乗り継いで、堺市駅へ。途中の京橋駅で京阪のホームを見てみると、よく見る方でない、古いほうの顔のダブルデッカー車が走っていきました。そんなこんなで?堺市駅へ。この駅でいつものように青春18きっぷへの途中下車印の押印と記念スタンプの位置の案内を求めたところ、この駅員さんがまた優しい方で……。途中下車印いっぱいの僕の切符を見て、「(途中下車印を)押すときに間違えたら悪いから」と、窓口においてあるメモ用紙に何度か練習した後に途中下車印を押してくださり、また記念スタンプを出す前にスタンプ台のインクのチェックをされ……。ありがたいことです。

ここからは2駅戻り(ちなみに2駅のみ乗車するのはこれで3度目)杉本町駅で下車。大阪へ住んでいた頃父とよくこのあたりへ遊びに来たもので、その際によく行ったたこ焼き屋がありました。大阪を去ってから何度か父と杉本町へは来ましたが、まさかもう店を閉めただろうと思い、そのたこ焼き屋を再び訪れることはしませんでした。ところが、正月に大阪へ行った際、1人で杉本町へ行ってみて、そのたこ焼き屋を探してみると……。なんとまだ営業しているではありませんか。そこで今日はその店へ9年ぶりに行ってみようというわけです。ちなみに、ここのたこ焼きは12個で300円。かなり安いです。それに、何よりおいしい。前にも書いたことですが、父はこの杉本町にある某公立大学への進学を勧めています。まぁ、そこへ進学すればいつでもこのたこ焼きが食べられますね。それを希望に進学するとすれば、あまりに安直すぎますが……。

たこ焼きを食べた後は、阪和線、地下鉄御堂筋線を乗り継いでなんばへ。なんばといえば、吉本!もちろん今から向かうのは難波グランド花月(NGK)ですが、その前にまたたこ焼きでも。NGKの隣にあるたこ焼き屋へは、漫才を見る前にはいつも行っているような気がします。先ほどの杉本町のたこ焼き屋は、いつもガラガラでドアを開ければおばちゃんが1人でテレビを見ていて、「いらっしゃ~い」とかすれた声であいさつされそうなところですが、ここは違います。何人もの客がぞろぞろと並んでいる有名な店です。それゆえに?値段も高く、12個で450円です。

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正直なところ味なんてわかりませんから、おばちゃんがテレビの相手をしている店で食べる味でも、並んで買って食べる味でも、中3のときの調理実習で作った味でもかまわないのですが、やはりそれぞれ格別のものがあります。この店の2階席からは、難波を行き交う人の様子がじっくり見られます。人が堪えることなく縦横無尽に行き交っている様子なんて、地元じゃまず見られません。かなり都会に来てしまったような気がします。ちなみに、この時店内に流れていたBGMが「♪こな~~ゆき……」。おいおい、せめて「♪さ~くら~のは~なび~らち~るた~びに……」くらいにしとけや、と思うと何と次にかかったのがその「♪さ~くら~の……(略)」。しかし、こういう店でかかるBGMの曲名(「粉雪」、「桜」ですね)がわかるなんて、僕らしくないなぁ~~。

たこ焼きを食べた後は、お笑い観劇です。今日の出演は下の通り。
①ビッキーズ
②ランディーズ
③チャンバラトリオ
④おかけんた・ゆうた
⑤コメディNo.1
⑥月亭八方
⑦中田カウス・ボタン
⑧吉本新喜劇(内場勝則・井上竜夫・島木譲二・川畑泰史・浅香あき恵 ほか)
①の「ビッキーズ」とは、1人がはっぴをきて登場し、かごの中のアメを客席にまいてから漫才をするコンビです。僕たちの席がなんと前から4列目のど真ん中だったので、アメが取れるかな?と期待していたのですが、取れませんでした……。ところが、公演が終わってから気づいたのですが、父の服に1つ引っかかっていました。あと、通路を見ると3つ落ちていました。父はこの様子を「もちまきの後みたいだ」と言っていましたがまさにその通りで、探せばもっとあったと思います。(ちなみにアメは「C1000タケダ♪」のレモンのアメでした)

関西地域では「吉本新喜劇」がテレビで見られるそうで、本当にうらやましい……。ちなみに僕が今回見たのは「花月盛」というお酒を作っている酒屋の話です。関西の方で「吉本新喜劇」をテレビで見ている人は、近々放送されるであろうこの話を楽しみにしていてくださいね。

朝の5時台から活動をした長い1日ですが、これですべての予定は終わりました。ただ、あくまで「予定」を終えただけで、ここからはまた在来線で名古屋へ戻らねばなりません。ただ、行きのように途中途中で降りたりはしないので、その分楽です。大阪駅でうどんを食べて、19時30分の新快速で出発します。大阪駅出発の時点では満員だった新快速ですが、早速新大阪でいくらかの客が降り、高槻でもいくらか降り、京都でバサッと降りまたバサッと乗ってきて、米原へ近づくにつれどんどん降り……。新快速の混み具合の観察はなかなかおもしろいかも。米原から先はけっこうすいていて、大垣で1度乗換えがありましたがずっと座っていけました(こう書くと、混んでいて座れなかった区間もあったような印象を受けますが、実は大阪からずっと座っていました)。結局父の家に戻ったのは23時ごろで、本当に長い1日でした……。順番が前後しますが、大阪駅で撮った写真をもって今日の旅行記は終わります。

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2006.春 旅行記 3-1

さて、皆さんお待ちかね(?)の旅行記です。

早速ですが、これまでの旅行では「いつまで・どこで・なにを」という程度のことは前もってここで示していました。
ですが、今回は「雲隠れ」とごまかして、「旅行に行ってくる」ということさえも言わず、突然出かけましたね。(ただし、普段ここでお世話になっている数人の方には、彼らの近くを通過する日にちと時間のみ教えました)
あなたはこれをどう解釈しますか?
僕が今回前もって一切の告知をせずにいたのは、それだけ旅行の内容に自信があったからです。僕が自信を持ってお届けする今回の旅行記。長丁場になると思いますが、じっくり読んでください。本当、読むのにたとえ30分や1時間かけたとしても、決して無駄ではないと思いますよ。(笑)

僕の旅行記の出発駅は、日帰りの場合東萩駅、宿泊の場合新山口駅というのがこれまでの流れで、ほぼ100%その通りであると言って過言ではありません。過去、宿泊の旅行に東萩駅から出発したようなこともありますが、それは例外中の例外。

さて、これを踏まえたうえで、今回の旅行の出発駅を予測してみてください。
「やっぱり、宿泊なのだから新山口駅でしょ!」
「いや、そこはあえて裏を読んで東萩駅!」
果たしてどちらなのかというと……。今回は、何と東萩駅からの出発!東萩駅から、新山口駅行きJRバス「はぎ号」に乗車します。前に書いたとおり、僕のバス乗車のモットーは「最前列に座れ!」なので、もちろん最前列の左側(助手席側?)を陣取り、かぶりつきで景色を楽しみました。

考えてみるに、バスというのはなんていい乗り物なのでしょう。
たとえば、どこかのJRや、どこかの私鉄では、最前列のいわゆる「パノラマ座席」を利用するには、乗車券に加えて特急券、さらに特別料金まで必要です。まぁ、特急列車の座席を利用するのだから特急券は必要であるにせよ、特別料金まで必要なようでは、庶民にはおいそれと手が出せませんね。
ところが何と!バスではどこに座ろうと乗車券のみでOK。それも、(鉄道のパノラマ座席にはかなわないものの)自家用車にはない迫力が味わえます。そういえば、小学生の頃のバス遠足のガイドさんのお話によれば、大型バスのフロントガラスって、1枚1,000,000円するそうですよ。(額の大きさを示すため、あえて「100万円」という書き方はしませんでした)

最前列から景色を楽しむこと1時間、バスはJR山口駅に到着しました。ここからは鉄道の旅です。

これを読んでいるみなさんは、「一体今回の行き先はどこなのか!?」と考えていることでしょう。山口駅といえば、SLやまぐち号。だったらここからSLに乗るのか?まぁ、僕だって「山口駅から鉄道の旅」といえばSLしか思い浮かびません。ただ、今から乗るのはSLではなく、「快速やまぐちライナー」新山口行きです。
この列車の運転士さんがなんとも気さくな方で、早速思い出ができました。発車まで時間があったので、数分後にやってくる特急を見ようとホームをウロウロしていると、その運転士さんが話しかけてこられたのです。以下はその会話の要約。
 運転士さん:友達か誰か来る(のを待っている)んかね。
 僕:いや、この後の特急を見ようと思って……。
 運転士さん:あー、今から特急が来るんかいね?(スーパー)おき2号か。
 僕:そうです。
 運転士さん:ワシらより詳しいね~~。
そしてこの後特急がホームに入線したのを見ていると、
 運転士さん:(キハ187系側面に描かれている20世紀ナシの絵を指差して)
         あの花の絵が車両によって違うのがあるのを知っとる?
 僕:はい。知ってます。

航空業界はすべての客にカチカチの言葉遣いをするのがマニュアルのようですが、それは違うと思うんです。僕のような鉄道ファンに気さくに話しかけてこられる運転士さんや車掌さんに出会ったときは、本当に嬉しくなりますね。

さて、この気さくな運転士さんの操る「やまぐちライナー」は、10数分で新山口駅に到着。ここから、一体どのように進むのか?皆さん、悩んでますね。愉快愉快。ですが、このまま悩ませ続けるのもなんですし、書くほうも大変なので、この後の予定を一気に書いてしまいます。

新山口0939→徳 山0955
徳 山1039→新岩国1054
新岩国1119→広 島1138
広 島1237→東広島1251
東広島1348→三 原1400
三 原1426→新尾道1433
新尾道1519→福 山1528
福 山1535→新大阪1644
新大阪1719→名古屋1811

新山口から福山まではもちろんすべてこだま、福山から名古屋まではひかりです。ところで、これを読んで「あっ!」と思い当たるものがある人がいれば、ありがたいことこの上なしです。実はこのことは、約2ヶ月前に少し書いていたので……。それを今まで覚えてくれていたなら、その人はうちのブログの熱心な読者であるといえます。

まぁそれはよいとして、どうですかこの計画!新山口から名古屋まで1日かけて行くんですよ!各駅で下車(ただし特急券を名古屋までで購入したため改札外へは出られない)するんですよ!おまけに、全部指定がとってあるんですよ!乗車券+特急券+指定席券9枚=11枚もきっぷを1度に持つのは初めてです。ちなみに、いつもは首から提げるタイプの名札ケースに切符を入れていますが、マルス券が11枚も入るわけもなく、今回の切符入れには100均で購入した「NAME CARD HOLDER 60POCKETS」を使用しています。

僕が記憶する限りでは、小郡駅の頃を含め、新山口駅から上りの「こだま」に乗るのは初めて。今回のファーストランナーは、新山口発9:39のこだま640号です。僕の独自の調査で、すべての0系と100系の一部は元「ウエストひかり」の座席(=普通車)、残る100系は元「グランドひかり」の2階の座席(=グリーン車)だということはわかっていたので、この100系がいったいどちらのタイプであるか楽しみにしていたのですが、うれしいことに後者でした。それも、バックレスト裏にテーブルがついておらず、アームレストからテーブルを取り出すタイプの座席。バックレスト裏にテーブルがついていないことは現役時代にデラックスな位置づけの座席であったことの象徴(なぜなら、シートピッチの広いグリーン車の座席では、バックレスト裏にテーブルをつけていたって届かないから)。こんなすばらしい座席に乗車券と特急券(自由席でOK)だけで座れるなんて……。山陽新幹線を旅する際は、急がないならぜひ「こだま」に乗るべきです。

さて、次の徳山駅で早速下車。いとこの家の(新幹線の)最寄り駅なので、過去にこの駅を利用したことはあるはずですが、記憶にはありません。ちなみにこの駅はカーブに作られたため、通過列車はかなりゆっくりなスピードで走っていきます。新山口で聞く通過列車の音は「(高音の)キューン」の繰り返しなのに対し、徳山で聞く通過列車の音は「(低音の)シュ~ン」の繰り返しで、速度の差は一目(一聴?)瞭然。ちなみに、この駅のホーム中央にある駅員用の放送機器のカバーには、鉄の心をくすぐるある飾りが。下の写真をどうぞ。

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0系ひかり、N700系、ドクターイエローまでそろっているなんて、明らかに鉄を意識したものとしか考えられません。N700系やドクターイエローの運行スケジュールがつかめるなんて、駅員さんがうらやましいです……。

次の新岩国駅には、まさに「国宝」と言って過言でない、あるものが現存しています。それがこちら。

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国鉄時代からそのまま(なのであろう)使われている、パタパタ式の表示です。確か新下関駅でもパタパタ式が現役だったように思いますが、よくもまぁ今まで電光式に取り替えられずに残っていたものですよ。ちなみにこの駅、昔は「ひかり」も停まっていましたが、今は「こだま」しか停まりません。もうひとつ言うと、山陽新幹線の駅で初めて自動改札機が設置されたのはこの駅です。

今日の日程でお昼時にかかるのはどこの駅かというと、広島駅。なんと「お昼休み」が1時間もあります。そうなるように予定を組んだのではなく、偶然そうなっただけなのですが……。腹が減っては戦ができませんので、広島駅のホームのうどん屋に入り、昼食をとりましょう。

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それほどおなかが減っていたわけではないので、写真のうどんを注文しました。ちなみにこの店に置いてあるラジオでは、衆議院懲罰委員会が中継されており、永田議員が自らの進退について「自分は被害者であるが、それよりも加害者である。お前に何ができるのか、何もできやしない、という方もあると思うが、政治への信頼を取り戻すべく今後も活動させてほしい」といった趣旨の発言をしているところでした。

「お昼休み」を終え、広島駅から乗車した「こだま」の指定席はなんと貸切。それも、新山口駅から乗車したものとおなじ、「最上級」の座席が使われている編成です。これで黙って座っていられますか?早速撮影です。

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グリーン車の座席と、100系独特のワイドウインドウ。昔はこの空間を確保するのに、何千円とするグリーン券を買わねばなりませんでした。それが今は乗車券と特急券(自由席でOK)だけで座れるなんて……。山陽新幹線を旅する際は、急がないならぜひ「こだま」に乗るべきです。(こう言うのは2回目)

東広島駅は、山陽新幹線開業時には存在せず、あとから付け足された駅です。この駅でも1時間の待ち時間があり、さすがにもてあまし気味でしたが……。上りホームからの景色を紹介しましょう。

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民家がポツポツと立ち並んでいます。きっとこの辺りの家の人たちは、1日中新幹線の通過音や駅の放送を聞いて生活しているのでしょうね。最高です。

次の三原駅は、この春の改正で新たに「ひかりレールスター」が停車するようになった駅です。コンコース内には、それを記念する横断幕が設置されていました。

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朝の時間はともかく、帰りの時間はあまりに遅すぎるような気もしますが……。これでも地元の方たちは大喜びなのでしょうね。時間は二の次で、停まること自体が喜びとなるのだと思います。ホームには、まだピカピカの「ひかりレールスター」の乗車位置案内が設置されていました。ちなみに、先ほどの新岩国駅と同様、三原駅にもかつて「ひかり」が停車していました。

この後も「降りつぶしの?旅」を続け、福山駅へ到着したところで今日の降りつぶしはおしまい。この後は「ひかり」で一気に名古屋へ向かいます。福山駅を「ひかりレールスター」で出発。これまでの「こだま」も、思った以上に利用客がいた(買い物や通勤の需要が意外と多いようだ)のですが、やはり「ひかりレールスター」のそれとは比べ物になりません。ちなみに、最近は新山口駅から「のぞみ」に乗れるようになったことで、「ひかりレールスター」への乗車の機会を失いつつあり、今回の乗車は1年ぶりとなりました。

新大阪駅からは300系の「ひかり」で名古屋へ。早速座席に着いてみると……。「狭っ!!」これまでずっと2×2の座席を利用していたため、そっちに体がなじんでしまったようです。横1人の差は、思ったより大きい……。まぁ、写真で見てもわかりますね。上の方の100系の「最上級」の座席と比較してみてください。

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「♪Be ambitious~~ まもなく、名古屋です。」名古屋駅に着いたのは18時過ぎですが、お日さまは西へ沈むため、こちらの日暮れは地元に比べてやはり早いようです。なので、「(写りは)どうでもいいや」と思って撮った写真。こういうときに限って、意外とうまく撮れたりしますね。

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今さらですが、僕の父は今仕事で名古屋にいます。父との面会という名目でこうして旅行をしているので、今日の日程はすべて1人でした。父との集合までまだ時間があるので、かつて「スーパーテレビ」でも紹介された駅のホームのきしめん屋「住よし」へ寄ろうかとも思っていましたが、混んでいたのでやめました。テレビでの紹介によれば、「注文してから出るまで20秒、客の滞在は平均2~3分」とのことなので待ち時間はわずかだと思いますが、2~3分では食べ終われず、客の流れをせき止めてしまいそうだったので……。僕は「わきや腰、首をくすぐられること」「犬」「熱い飲み物」は本当にだめなのです。とりあえず写真だけは撮っておきました。

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この後、無事父と集合できたので今日の旅行記はこれでおしまい。ここから、旅はどのように進んでいくのでしょうか。

明日から

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一夜明けて

昨日の長距離歩行のおかげで、今朝は足がトンカチで「パーん」とやれば
「ボロボロッ」と崩れそうな、そんな感じです……。

という書き出しを予定して昨夜床についたのですが……。
起きてみれば、なんのことはない。
腕が若干痛いのみで、ピンピンしてます。

今日は特に書くことがないので、昨日の記念となるものでも紹介しましょう。

その1、「完歩証明書」。
これは、高校βにゴールした際にぜんざいと一緒にもらえたものです。一部改。

              完歩証明書
 高校α よしピー 様
あなたは萩往還を歩く会(松陰ロード2006)において、
梅林公園から高校βまで完全突破されました。
今日一日が大切な思い出となることを祈ります。
              平成18年3月21日
高校α生徒会執行部    高校β生徒会執行部

その2、読売新聞の記事。
今朝の朝刊から。一部改。

    「萩往還」30㌔突破 高校β、高校αの生徒166人
高校βと高校αの生徒166人が21日、幕末に維新の志士らも歩いた街道「萩往還」を
たどった。
高校βの生徒会が1986年から毎年実施。
2001年から高校αが加わり、両校の生徒会が共同で主催している。
(後略)

これらは大切に保存しておきます。

2006.春 旅行記 2

「えっ、突然旅行記!?聞いてないよ~~。」
まぁ、そう言わないで。
旅行記扱いとすべきかせざるべきか、本人も悩んだあげくの判断なのだから……。

昨日、「今日は大地震でも来ないことにはないであろう経験をしてくる」と書きました。
その経験とは何なのかというと、
「隣の市までの30kmを1日かけて歩くこと」
なのです。
これで、皆さんは
「なーるほど!確かに大地震でも来ないことにはしないことだ!」
と納得されたことでしょう。
だって、たとえば晩ごはんのときなんかに、焼き魚か何か食べて、味噌汁を飲みながら
「あっ、明日はひとつ隣の市まで歩いちゃろ!」なんて気分にはならないでしょう……。
そういう人がいるならぜひお目にかかりたいものです。

さて、余計な話をしましたが、どうしてこのようなことをするのか。
うちの高校(以下、高校αとする)と、県内のある高校(以下、高校βとする)は、
共に県内で最も長い歴史を持っているのです。
さらに、高校α、高校βは共に、「萩往還」という、これまた長い歴史を持つ道路の沿線に
位置しているのです。
そこで、両校の交流を図るべく企画されたのがこの行事!(だと僕は思っています)
実際、この行事にも長い歴史があるようです。

ただ、大勢の生徒が、「自分の意志で」参加しているのかというと、そうはいかなくて……。
参加した生徒のほとんどは「部活動の一環」ということで参加しているようで、
残念ながら「自分の意志で」参加した生徒はごくわずかだと思います。
ちなみに僕は、電車やバスに乗ることだけでなく自転車に乗ることや歩くことも好きなので、
この企画には興味があり、友人の1人が(「部活動の一環」で)参加するとのことなので、
ほんなら僕も行っちゃろ!という程度の軽い気持ちで参加しただけです。

さて、今朝7時45分、高校αの生徒が集合場所に集まりました。
ほぼ全員の生徒が「(私服の)ジャージ上下」という服装だったのはちょっと驚き。
僕は「ラガーシャツにジーンズ」という格好だったので……。
(別に「ジャージで行けばよかった」なんて思ってはいませんよ。
 第一、私服のジャージなんて持ってないし……)
そして、その後高校βの生徒がバスで集まり、簡単な式典をした後出発。

本当はここからをじっくりと書くべきなのですが……。書くことがありません。
というわけでワープして……。12時過ぎ、昼食休憩。
持参した軽食(僕の場合おにぎり)と、高校αの家庭科部からの豚汁で昼食です。
ちなみにこの時点で歩いた距離は約半分の15km。
まだまだ先は長くゆっくりしたいのですが、雲が出てきた上ご丁寧に雨まで降り出したので
時間を切り上げて出発しました。

さて、ここで、連絡用に持参した親の携帯で撮影した写真でも。
「高校生のこの時期、あえて携帯は持たない」これが僕のステイタス)
今日の行程のおよそ8割は、舗装されておらず木が生い茂っている、下のような獣道です。

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午後からは雨で土が程よいやわらかさ(?)になり、歩きやすかったですね。
とはいえ、午前に比べ午後はアップダウンが激しく、階段や石畳もあり、
まるでトライアスロンのよう。(?)
そんな中、長い行程で、隣の市との境を通過した瞬間です。
見えにくいですが、あの看板は境界を示しています。

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さらに歩き、ようやく隣の市が見渡せるところまでやってきました。

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ちなみにこの道は既にアスファルトの県道で、車で何度も通ったことがあります。

さらにさらに歩き、隣の市(=山口市)の観光地の1つ、瑠璃光寺を通過すれば
ゴールはもうすぐです。

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はい、ゴール。高校βに着きました。
写真は撮っていませんが、この高校β、敷地がとても広く(生徒数がすごいし)
また、そのデザインも美しい。
表玄関なんて、「市役所か!?」と思わせるくらいで、ビックリしました。
(どうも僕は何かにつけてデザインや性能を「すばらしい」と評価するたちのようである)
こういう学校に通ってみたい……。この高校を受けてみるべきだったなぁ……。
なーんてわけにはまいりません。高校βは県内トップの名門校なのですから。
僕たちの授業をもたれた先生の中には、前任校は高校βという先生がいらっしゃいますし、
同級生の中にも高校ベータに進学した人がいるし、何よりこうして合同の行事があるくらいなので、
なにかと親近感を抱きがち?ですが、なれなれしくしてはいけませんね。
ちなみに僕はこの高校βのトイレを借りました。これでちょっとかしこくなったかも?

最後になりましたが、ここで今日のまとめ。
歩いた距離……30km
歩いた時間……約7時間
ちなみにこれまで1日で歩いた距離で最も長かったのは、中2の鍛錬遠足のときの
18.5km。
そのときの記録を1.5倍もの距離を、今日歩いたわけです。
ただ、いいことに、歩いている最中にはほとんど疲れを感じませんでした。
だけど、やっぱり晩ごはんのときなんかに、焼き魚か何か食べて、味噌汁を飲みながら
「あっ、明日はひとつ隣の市まで歩いちゃろ!」なんて気分にはならないでしょう……。

ここからは、まさに「旅行記」そのものです。
東京からはるばるやってきた「はとバス」に乗車。

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……などというわけがなく、地元のタクシー会社の観光バスです。
(でも、パッと見るとはとバスにも見えますよね)
最前列を陣取り、バスの気持ちよい振動に癒されながら、
7時間かけて移動したところを1時間もかけずに帰ったのでした。
(バスに乗るときには最前列の座席に限る!これは僕の持論。)

しかし、本当に疲れました。
バスから降りて家まで歩くときの辛かったこと……。
(本当、歩いている最中はなんとも感じなかったのに……。明日はもっと辛いのかな?)

終業式

今日で1年次の学校生活も終わり。
大掃除・交通安全指導・終業式・LHRを済ませ午前中で帰宅しました。

終業式の風物詩(?)、通知票ももらってきましたよ。
試験終了後にバサッと書いた中の、「音楽の弾き語りのテスト」が83点になっていたのは
ちょっとビックリでした。
こうなったら、将来は歌手を目指そう!(笑)
あと、3学期の体育の成績も(ここには書けませんが)なぜかよかった!!
「小春日和の穏やかな日」に計測した長距離のおかげかな?

さて、明日は、大地震でも来ないことにはしないであろう、ある体験をしてきます。
19時前に、かなり疲れて帰ってくると思いますが、もちろんここは更新するよう努めます。
ただ、万が一更新されなかったようなら、その際はお察しください。

あと、4日連続でコメントが0というのはいけませんな。
こうしてみると、このブログの繁栄に関して、タムさんの力がいかに偉大であるかがよくわかりますね……。
誰でもいいから、「5日連続でコメント0」にはしないよう助けて~~!!

防長萩まつり

昨年9月19日に書いた、「バスまつり」。覚えていますか?
あのイベントの実質的な2回目といえる、「防長萩まつり」が今日催されました。
前回・今回とも、イベントの目玉はバスの中古部品販売です。
前回は、多少悠長に構えており、開始30分後くらいに行ったため、
主なものは売り切れていました。
その反省を踏まえ、今日は開始30分前から行きましたよ!
まずは前回の復習。

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前回買ったのは、灰皿と降車ボタンでしたね。
では、今日の収穫を!!

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車内放送用のマイクと、降車ボタンのプレート。どちらも50円です。
他にも、方向幕が数点ありましたが、幕として機能しているものにはゼロが3つつく値段で、
1枚(1切れ)単位でのものは500円となっており、多少割高な感があったので買いませんでした。
売り場の様子はこんな感じ。

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ちなみに、右下の「防長」という青い幕は2,000円でした。

また、前回はなかった「夜行高速バスの展示」がありました。
大阪便(「カルスト号」)で使用されている、HINOのSEREGAR(セレガアール)です。

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車内はこんな感じ。

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リクライニング全開状態。

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運転席の様子。

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いやー、何か、大阪へ行くのにいつも新幹線に乗っている自分に嫌気がさしてきましたよ。
このバスだったら地元から乗れるし、何より座席の質の良いこと!
リクライニングの角度はかなり深く、座席の下がえぐれて?いるため足もまっすぐ伸ばせるし。
夜行の車なので当然といえば当然ですが、座席は500系のグリーン車並みでした。
これで、横幅がもう少し広ければ言うことなし。

また、バスとは関係ありませんが、僕の鉄道模型?コレクションを披露。

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1つ315円の「スタートレイン」という食玩です。
値段の割りにかなりすばらしい完成度ではないでしょうか?
他にも(持ってはいませんが)0系、800系、E2系などが販売されています。

SLやまぐち号

復活組としては日本初のSL、やまぐち号が今日から運転を開始しました。
運転開始の記念すべき今日、天気は雨でした。
そういえば、運転25周年目のイベントの日も大雨で、
イベント以前に、運転そのものをするかしないかを最後まで検討していたとか……。

例年はSLと同じ日に、「コバルトブルー」「萩・津和野号」「萩・長門ブルーライナー」などの
臨時快速列車が、県内で運転を始めていたのに……。
山陰線西部の活性化に、少なからず役立っていたと思うんですがね……。
何で今年は走らないのだろう?

クラスマッチ

今日はクラスマッチでした。
うちのクラスは、学科の特徴上(?)
 ‘他のクラスとは体育のレベルがかなり違っている(劣っている)(体育の先生)’
そうですが、僕のチーム(卓球)はけっこうよい結果だったのでは……?

予選リーグ     まず、①~④のそれぞれのリーグ内で総当たり戦を行い、
  ↓         1位~4位を決定します。
              1位となったチーム(表内下線部)は決勝トーナメントに
1年A─┐    進出できます。
  1年B  │
  1年C  │    僕のチームは、一番上の「1年A」。
  2年A  │    表からわかるように、①のリーグ内を1位で通過し、
         ├┐   決勝トーナメントに進出できました。
②1年D  ││   (ちなみに、「2年A」と対戦したときの相手は、
  1年E  ││   何と中学時代の卓球部の先輩でした……!
  2年B─┘│   おまけに、ストレート勝ちしてしまった……!!)
  2年C   │
         ├優勝 このあとの決勝トーナメントでは、予想していた通り
③1年F    │   2年Bに大敗し、そこで優勝への道は閉ざされました。
  1年G    │
  1年H    │   昨春のクラスマッチの際も同様なルールで、
  2年D─┐│   今回と同じように決勝トーナメントへの進出は果たしたものの
         ├┘   その後すぐ先輩に破れ……というパターンでした。
④1年I    │
  1年J  │    もう1ヶ月ちょっとすればまたクラスマッチがあるはず!
  1年K  │    そのときにはもう少し上を狙って!
  2年E─┘

出雲・松江の旅行を振り返って ~青春18きっぷでの旅行の特徴を探る~

本当は、このことを出雲・松江の旅行から帰った翌日にでも書こうと思っていたのですが、
それ以降話題が絶えなかったので、今度今度で今日になりました。

「乗車距離は稼げないが乗車時間が稼げる」のが青春18きっぷの旅だ、と
鉄道学者のよしピー博士はおっしゃっています。
出雲・松江の旅行は、まさにその法則?にのっとったものでして……。
出雲・松江の旅行までの乗車距離・乗車時間のベスト5は以下のようになっています。

≪乗車距離≫
1位 744.4km(平成17年5月22日)※名古屋→新山口
2位 744.2km(平成17年5月21日)※新山口→名古屋
3位 713.2km(平成17年3月19日)※新山口→名古屋
4位 689.2km(平成17年3月21日)※名古屋→新山口
5位 545.6km(平成18年1月2日) ※新山口→新大阪

もちろんすべて18きっぷは使わず、※で示した区間を中心に乗車した日の記録です。
出雲・松江の旅行の日の乗車距離は471.6kmで、ベスト5はおろか、
ベスト10に入るかどうかも危ないといった程度のものです。

≪乗車時間≫
1位 7時間50分(平成17年8月16日)※山口・小倉
2位 6時間47分(平成17年3月27日)※門司
3位 6時間01分(平成17年12月10日)※鉄道のりおさめ
4位 5時間31分(平成17年8月11日)※小倉
5位 5時間04分(平成18年1月8日)※博多

もちろんすべて18きっぷを使い、※で示した場所を目的に旅行した日の記録です。
出雲・松江の旅行の日の乗車時間は8時間18分で、堂々の1位となります。
記録をとり始めたのが平成17年からなので確かではありませんが、
それ以前には青春18きっぷを使ったことはなく、
1日の1/3以上を列車内で過ごすのは、人生初の経験だったと思います。

福鉄運転手さんに会う

今日は、福鉄運転手さんが地元へやってきて、行動を共にしました。
撮影ポイントや観光地を回ったりしたわけですが、そのうち撮影ポイントで撮ったものを披露。

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例年、この時期には「きのくにシーサイド」の編成が関西からアルバイトに来ていて、
それを撮るのが楽しみだったのですが……。

あと、別件ですがなんでもこのブログのお得意のタムさんは今海外にいるらしい。
しばらくコメントが……と心配しているわけですが……。
さておき、タムさんってきっとお金持ちのおぼっちゃまなんでしょうね~~。
グリーン車への乗車経験も豊富なようだし……。同い年でこんなに差があるか……。

今日は何の日?

今日はわけありでこんな早くからの書き込みです。

さて、今日は3月14日。3月14日といえば、一体何の日?
これで「ホワイトデー」などと答えたあなたは、この文など読まず
さっさとお返しにでも行ってくるがよい。
今年の僕にはどうせホワイトデーなんてないもんねー。
お返しをしなくていいので楽でいいわー。
チョコなんて、もらわないに限る!(笑)

さて、僕にとって(チョコをもらおうともらうまいと)3月14日といえば
「新幹線のぞみ号の誕生日」
です。鉄道ファンとして、これを祝わずどうします?
デビュー当初は東京~新大阪間にわずか2往復あるのみで、
「ひかり」「こだま」にプラス950円という、まさに「高嶺の花」だったんですよ。
それが今はどうですか、東京から博多まで乗っても「ひかり」「こだま」にプラス600円、
おまけに1時間あたり2本の運転間隔。
10数年の時を経て大きく成長した「のぞみ」を、今日は祝おうではありませんか。

ここで、僕と「のぞみ」とのエピソードを。
①300系
今では時刻表から消えた「のぞみ型車両(=300系)で運転」の表記が現役の頃、
母と一緒に乗った「ひかり」が当時で言う「のぞみ型」の300系でした。
今思えば、母は時刻表に「のぞみ型車両で運転」の表記を見つけ、
あえてその「ひかり」を選んでくれたのかも……?

②500系
小1の頃、小郡駅で新幹線を待っていたら、遠くから高速でやってくる列車の姿が。
「のぞみ」(もちろん300系)の通過だろうと思い見ていると、
通過して行ったのは見慣れないロングノーズの車両。500系でした。
僕は営業運転開始前の500系の試運転中の姿を生で見たことになります。
(ちなみに、その時は「つばさ」かと思いました)

③700系
小3の頃、父と博多総合車両所へ行ったら、奥の方にやはり見慣れないロングノーズの車両が。
機関車に牽かれているそれは、700系。
これももちろん営業運転開始前の出来事でした。

残業の話

今日は午前中で授業が終わり、一旦帰ってご飯を食べた後再び学校へ行くという
so busyな?1日でした。
ちなみに、何をしに行ったかというと、「図書だより」の作成。
1-1,2,5の図書委員が今回の当番なのです。

これを書いて思い出しましたが、「中学校の卒業文集の作成」の話で、
「残業の巻」・「早朝出勤の巻」は書きましたが「残業の巻」がまだでしたので、
今日はその話でも。

「残業」をしたのがいつかというと、何と卒業式の前日。
この日は(たしか)午前中が表彰式や同窓会入会式で、卒業生はそれで下校、
在校生は午後から準備、とそういう日程だったように思います。
卒業生の姿はない午後、うちのクラスの3名が残って文集の仕上げをしていました。
とは言っても、よくある夏休みの宿題じゃあるまいし、
卒業式の前日になってまだ生徒に配布する分もできていないとか、そんなヘマはしません。
生徒に配布する分はすべて仕上がっており、先生に配る分数冊を製本するだけです。
だから、「残業」と言ってもそれほどのことはないのですが……。
3人で順に、束ねたページをホッチキスで留め、製本テープを貼っていき……。
ちなみにこの作業中、僕はどえらいミスをやりました。
右側を留め、テープを貼らねばならないところを、間違えて左側でやってしまい……。
そこへ委員長の激がとんできて……。「何しよるんよ!!」
ってなことはなく、まぁ何事も起こらず笑いで済みましたが。
こんな僕が、委員長を差し置いて、なぜか僕が最後の1冊を手がけることに。
 「ガチャン!」ホッチキスで留め、製本テープを貼り、完成品の山に最後の1冊を乗せる。
 その瞬間、作業した委員は感動のあまり泣き崩れ、手を取り合って喜び、
 真っ赤に燃える夕日が教室を赤く照らしていた----。
こんなドラマもなく、平凡に終わりました。

ちなみに、この後にすごいオチが。
先生に配布する分を持って、
 「ALTの先生には『This is 文集!』と言って配るんよ」
などと無意味な約束までたてて、職員室へ入ったところ……。
先生はほとんど作業に出ていて、もぬけの殻状態でした。
おまけに、その直後に先生方に臨時の召集がかかり、追い出される始末……。
その「臨時の召集」の理由が「近くで不審者が現れた」ということだったそうです。
やれやれ……。

当たった~~~~~~!!!!!!

まずは、↓の写真をどうぞ。

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何の車だかわかりますか?
車といえば大阪モーターショーを見に行ったタムさん、
一緒に天神のIMSのショールームに行った福鉄運転手さん、もちろんわかりますね?
というかまぁ、モーターファンでなくともこのくらいは知っているとは思いますが……。
HONDAのFITです。
↓は、実車です。

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……というのはウソで……。
だれがどう見ても、実車ではないですね。
ナンバープレートの下から出たコードや、ボンネットのでっぱりなど。
では、これは一体何なのか?↓のように使います。

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つまり、マウスです。
今はとても素手で扱う気にはなれないので、とりあえず手袋を当てて……。
タイトルにあるように、このマウスが懸賞で当たったのです。
ホンダがネット上で全国に募集した、「FITマウス」の懸賞に当選したのです!
で、今使ってみると……。
ちょっと大きすぎて使いにくいということがわかりまして……。
結局10分でいつものマウスに変えました。

いやー、しかしよくできてますね……。

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ちなみに、母も最近ネット上の懸賞で↓の文鎮を当てました。

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2006.春 旅行記 1

1ヶ月前、「きっぷを買った」という話題で「告知」をしたのみで、それ以降の予告を全くせずに公開という、旅行記としてはまれに見る、きわめて珍しいパターンとなりましたが、春の旅行記第1弾です。

ところで、1ヶ月前に僕が何のきっぷを買ったか覚えていないという人がいましたら、せっかくだからそのまま読みましょうよ。その方がおもしろいと思いますよ。

3月11日、朝6時10分。
太陽も昇らず、窓口や売店もまだ空いていないJR東萩駅に、1人の男が現れた。
男は黙って改札を通り、こ線橋を渡り、3番線の列車に乗り込んだ。
この駅で朝一番の列車、益田行きに--。


この書き方では先がもちませんので、いつもどおりに……。
先ほど書いたとおり、この列車は東萩駅の「始電」。その列車の混み具合はというと、東萩駅出発の時点で(僕を含め)乗客が5名いました。昨年の夏にもこの列車に乗車しましたが、その時も同様だったように思います。都会では、朝6時30分といえば電車も街も十分に動き出しているであろう時間。その時間に、この駅では売店も窓口も開いていない……。実にのどかなところですね。
この列車も途中駅で11名の客を増やし、昇ってくる朝日を受けながら走ること1時間10分、益田駅に到着しました。
益田駅では、10分の乗り換え時間で早速大忙し。18きっぷに日付と途中下車印をもらい、「わたしの旅 スタンプノート」に記念スタンプを押し、今から乗車するキハ126系「アクアライナー」の撮影をし……。
実はこの「アクアライナー」、乗車はもちろん撮影さえも、これまでに経験がほとんどないのです。2001年の山陰線益田以東の高速化に伴い、新しく登場したこの車両。そのデザインはいまだに色あせることなく、山陰の新たな顔として定着しています。




さて、それでは早速「アクアライナー」に乗り込んでみましょう。正直なところ、質素ではないもののごくごく平均的なレベルの内装を予想していた僕ですが、乗り込んでみてこのqualityの高さに驚きました。これはすばらしい。すばらしすぎる。座席を転換クロスシートにすれば、JR九州でも使えます。




「偉大なるローカル線」の異名をもつ山陰本線。ちょっと走ってみるだけで、こんなに違いがあるとはなぁ……。おまけに、この「アクアライナー」は「快速列車」なのです。山陽線でも、福山まで行かなければ本格的な快速列車が走っていないという現実。山陰線も、まだまだ捨てたもんじゃないですよ。(別に「捨てた」なんて考えたことはないが)
こんないい車両で運転される快速列車に乗っていれば、これからの長い乗車時間も、飽きることなく過ごせそうです。実際、お気に入りのMDを3枚も準備してきましたが、カバンから出すことはありませんでした。列車に揺られ、海に沿って走ること2時間30分、今回の第1の目的地「宍道駅」に到着しました。途中、停車時間の長い駅では列車から降りて背伸びをしたり、窓口へ行って途中下車印をもらったりしてはいたものの、普通の(新幹線を除く)車両に2時間30分も乗っていたことは初めてでした。
ここで1つ心温まる?エピソードを。宍道駅で、いつものように窓口で「すみません、途中下車印をもらえますか?」と言ってきっぷを出したところ、駅員さんは「どこがよろしいですか?」と。途中下車印を求めて、こんなにいい対応をされたことは初めてですね。「別にこんなの押さなくてもいいんだけど」とぼやきながら押されたことこそあったものの……。「出雲」の引退に伴い利用者が増えたであろうこのあたりの駅。駅員さんの対応がいいと、想い出は2倍にも3倍にもなりますよ。
さて、今書いたように、今回の旅行の目的は「出雲」の乗車と撮影です。ここで18きっぷとはしばらくお別れをし、出雲市までの乗車券と立席特急券に判をもらい、ホームで待つことしばし。赤のDD51に牽かれた青色の客車がぞろぞろとやってきました。




考えてみるに、DD51に牽かれた客車列車を見るのは人生初ではないかと……。宍道での停車時間はわずかなので、テールマークのみを撮影して最後尾から乗車します。




車内には、いかにも「同業者」といった感じのおじさんがたくさん。僕も彼らに混じり、出雲市までの15分間で客車を端まで歩いてみました。立派なカメラを持った人、ビデオカメラをかついた人……。僕も30年後、ああいうおじさんの仲間入りをするのかな……。ところで、今回「ブルートレインの個室」というものを生で初めて見ました。トワイライトや北斗星の最後尾のスイートももちろんいいのですが、今日見た「出雲」のA寝台個室に、それ以上の魅力を感じたり……しませんか?




「長らくのご乗車お疲れさまでした……。」先ほども書いたとおり、乗車時間は15分。出雲市までなんて、すぐです。車掌さんの放送が聞こえたのでデッキに行ってみるとそこに車掌室が。そして、開いているドアの向こうで車掌さんがマイクを握って放送をしておられました。できれば、「長らくのご乗車お疲れさまでした」のあとに、「長きに渡ってのご利用、大変ありがとうございました」と付け加えて欲しかったような気もしますが……。
出雲市に到着し、ドアが開きます。そうするとそこは「終着駅のホーム」ではなく、もはや「戦場」と化していました。もともと準備していた人に加え、乗客の多くも「出雲」全体を取り囲むわけですから……。




ホーム、いや戦場には駅員さんや民間の警備員さんが、4~5名監視?しておられました。「機関車付近で撮影をしておられるお客様、ホーム先端部分は若干幅が狭くなっておりますので、他の方を押したりされないように、譲り合って撮影をお願いします……」こんな放送を聞きながら、撮影していた人たちはおそらく200人はいました。




廃止1日前の「いそかぜ」や、廃止1週間前の「だいせん」など、これまでにいろいろな車両を撮影してきましたが、こんなにも多くの「同業者」の姿を見たのは初めてです。




たくさんの人に見送られながら、「出雲」は西出雲へと回送されていきました。
さて、この多くの「同業者」がここでホームを去るのかといえば、そうではない。同じ時間、ホームには同じく春の改正でお別れとなる「スーパーやくも」も停車しているのです。列車自体に変化はなく、愛称がすべて「やくも」に統一されるというだけのことなのですが、それはつまり「スーパーやくも」のサボやロゴは見られなくなるということ。1月ほど前から、先頭車の「SUPER YAKUMO」のロゴは「SUPER」の部分を消す工事が進んでいるようで、「SUPER」入りの車両は撮れないだろうと思っていたのですが……。ホームに停車中の「スーパーやくも」が、なんと「SUPER」を消す前の、しかもパノラマ仕様。これは、関西の方にわかりやすく言えば207系の青帯車7両編成に匹敵します。「出雲」の方は正直なところ思うように撮影ができなかったのですが、その分こちらは十分撮影できましたよ。




出雲市の駅は「アクアライナー」の登場に伴い高架化され、いかにも「出雲」といった感じのデザインになりました。実は僕は高架化される前の出雲市駅に、米子まで走っていた頃の「いそかぜ」で降り立ったことがあります。




さて、この後はさらに東へ。松江を目指します。僕は「全国の『都道府県代表駅』のマルスの入場券を集める」というビッグプロジェクト?をやっている最中なので、このついでに松江まで行って、入場券を1枚増やそうということ。正月に大阪駅の窓口で入場券を購入したら「お支払いは現金でよろしいですか?と聞かれた」と書きましたが、あれもその一環なわけですね。松江駅では入場券に加え、限定10000枚の「さよなら出雲」のオレンジカードも購入し、駅前の「ミスター・ドーナッツ」で昼食をとりました。自慢じゃないですが、これまでの人生の中で「自分ひとりで飲食店に入る」というのは今日が初めて。今日は何かとはじめての経験が多いなぁ……。




あ、でも、松江に来たのは初めてじゃありません。小6の頃、中国電力主催の「電気の旅」という研修旅行のようなプログラムに参加したのですが、その際松江に2泊しました。アクアス・出雲科学館・仁万サンドミュージアム・松江テルサ(プラネタリウム)・島根原発などを見学し、移動はすべて貸し切りバスで、何と5,000円。今考えれば夢のようなツアーですね……。
松江駅での滞在は1時間。帰りのおやつにとパンを購入し、行きの行程で激賞した「アクアライナー」に再び乗車します。この列車は益田行きで、所要時間はなんと3時間。3時間も同じ列車に乗り続けたのは、おそらくこれが初めてです。(「初めて」が何回目だろうか)ただ、3時間とはいっても、行きと同様に停車時間の長い駅では降りて途中下車印をもらったりしたし、何より車両自体が素晴らしいですから!、それほど長くは感じませんでした。ただ、行きには用なしだった「お気に入りのMD3枚」も帰りには雇用され、心臓が頭に引っ越したかと思うほど頭がギンギンし……。今日1日、列車内で過ごした時間は8時間を越しました。今思えば、松江駅で購入するのはおやつのパンではなく、のどを潤すのによいミネラルウォーターの方が良かったのかも……。ただでさえ「小春日和の穏やかな日」だった今日。列車内は暑いくらいで、おまけにローカル線の特徴というか、ドアは自動では開きません。客が自分でボタンを押してあけるのです。だから、乗降する人がいない限り室内の空気は入れ替わらないし……。それでも、車両自体が素晴らしいですから!(ほめすぎ……。でもこれは決して冗談ではない)想い出に残る乗車となりました。
ここで、途中の「車窓の友」を3つ紹介しましょう。まず1つ目は、先ほど「出雲」が回送される先として書いた「西出雲の車両基地」。下り列車だと進行方向左側に見えます。「出雲」はもちろん、「サンライズ」や「スーパーやくも」など、さまざまな車両が留置されています。




次に、「電気の旅」の話で紹介した、「仁万サンドミュージアム」。名前の通り砂の博物館で、三角屋根の建物です。館内には山陰沿岸の「鳴き砂」の紹介などがあるのですが、何より有名なのは、「世界最大の砂時計」。この博物館の名物ともなっているこの砂時計は、何と「1年計」なのです。12月31日の夜、翌年の年男・年女が博物館に集い、数十人がかりでひっくり返すそうですよ。




最後は、「折居駅」。わかる人にはわかるこの駅名、実はNHKの「鉄道乗りつくしの旅」で全国に中継された、海の真横の駅です。この駅で対向列車待ち合わせのため4分の停車時間があったので、外へ出て関口さんの思いに浸っていました。確かこの駅での中継のとき、関口さんは地元の人たちに特産品をご馳走になり、おまけに昼の弁当まで渡されていましたよね……。




西出雲の車両所や仁万サンドミュージアム、折居駅を過ぎ、列車は益田駅に到着。ホームを渡り下関行きのキハ47系に乗り換えます。あれだけほめた「アクアライナー」から乗り換えると、「あぁ、いつもの汽車やな……」と思いますが、これはこれでやっぱり落ち着きます。昔放送された、スーパーテレビの「新幹線100のヒミツ」に出ておられた運転士さんが、「700系は高級車を運転しているようで落ち着かない。自分は0系が好きだ」と言っておられましたが、やっぱりアクアライナーは地元の車両と比べればいかにも「高級」な感じがします。将来、このあたりのキハ47系が引退し別の車両に置き換えられるとき、後継車として選ばれるのは何なのだろう。「アクアライナー」のキハ126系だろうか。そう考えてみると、やはり地元の車両はいつまでも「いつもの汽車」感覚のキハ47系であって欲しいとも思えます。まぁ、JR西日本は古い車両も大事に使っていますので、(103系・485系など)今のキハ47系もあと20年はもつでしょう。

さて、日帰りの旅行記としてはかなり長丁場になりましたが、最後まで読んでいただきましてありがとうございました。


さよなら……。そして、ありがとう。

昨日は早速コメント0か……。
一旦更新をやめてしまうと、コメント数を取り戻すのに時間がかかります……。

さて、今日は8時間授業でした。
これで、「うそー!8時間!大変やね~~」と思ってくれたあなた。
お気持ちはありがたいのですが、巧妙にだまされましたね。
普通、授業では「1時間=50分(あるいは45分)」だと思いますが、
今日は「1時間=20分」だったのです。だから、8時間授業とはいえ午前中で終了。
そんな短い授業で、一体何をしたのか?
そう。テストの返却。
先日まで行われていた11教科のテストを、1日ですべて返却してしまおうという、
まさに「ワクワクドキドキ」な1日です。
僕は今回のテストについて、「平年並みか、それ以上」と評価していたのですが、
嬉しいことにその予想は当たり、中には21点ものびたものまでありました。
(まぁ、前回がどれだけ悪かったかということでもありますが……。)

話は変わって、タイトルの「さよなら……。そして、ありがとう。」について。
僕が好きな番組のひとつ「謎を解け!まさかのミステリー」が今日で最終回を迎えます。
前回・今回の放送の冒頭では、「♪桜の花びら散る前に~~」の歌にのせて、
この「さよなら……。そして、ありがとう。」というコピーが流れていました。
僕はドラマなどの類を全く見ないため、好きな番組の最終回に立ち会うことは
め~~~~~ったにありません。
これまで立ち会った最終回といえば、
 ・マジカル頭脳パワー
 ・投稿!特ホウ王国
 ・探検!ホムンクルス  (名前はいずれもうろ覚え)
 ・クイズバーチャQ
 ・タイムショック21
くらいしかありません。(関口さんの旅行番組など、最初から期間限定で放送されたものを除く)

ついでにもう1つ「さよなら」といえば、全日空のB747-SRも今日で「さよなら」です。
僕はこれまで16年(もうすぐ17年目)の人生の中で、新幹線は何十回と乗りましたが、
飛行機に乗ったのは3回しかありません。
(ちなみに、その3回は
  ・石見→伊丹(幼稚園の頃・全日空A320)
  ・福岡→伊丹(小3の頃・全日空B747-SR)
  ・伊丹→福岡(小3の頃・全日空B777-200)
 です)
その3回のうちの1回が、今書いたとおりこの全日空のB747-SRだったのです。
つまり、全日空のB747-SRはこれまでに乗った唯一のジャンボ機ということですね。

3月9日

♪流れる季節の真ん中で ふと日の長さを感じます~♪
えっ、なぜ懐メロ趣味の僕が最近の歌を知っているのか、って?
そりゃ、僕だって何かのはずみで「3月9日」という曲の存在を知ることもありますよ。
それで、今年の3月9日には、曲を知っていることを自慢しようとずっと待っていました。
この曲の歌詞も一読してみましたが、なんかいいですね~~。
まさに今の時期にぴったりで……。

せっかくなので、そういういい話題を書きたいが……。
何かあったかな?おっ!何たる偶然!あったあった!!
ちょっと前に書いた「卒業文集の編集委員」の「早朝出勤」をしたのが、
去年の今日(3月の第2木曜:2005年3月8日)だったのです。

うちのクラスの卒業文集は、編集委員のひいき目を考えたとしても、
他のクラスよりか~~~~~~~~~~~~なり充実していたと思います。質も量も。
そして、量が充実しているということは、印刷に時間を要するということです。
よって、「早朝出勤」といっても、ただ「委員長に呼び出されて、早く登校して印刷をした」
というだけのこと。
特に珍しくはない、よくある話でしょう。
よくある話をよくあるようにしたってつまらないので、
この「早朝出勤」の中から思い出に残っていることを2つ紹介します。

①新しい車
お世話になっているある先生が「車を買い換えた」という話を僕にされました。
先生が、その「買い換えた車」で初めて出勤されるのがまさにその日だったのです。
印刷室でコピー機に向かいながら、先生が買い換えた車で颯爽と登場される姿を
僕は目に焼き付けました。(笑)
ちなみに、その先生が買い換える前に乗っておられた車に1度乗ったことがあちます。
家の車では体験でき得ない低重心の走りと、滑らかな加速。
一生忘れられませんね。

②3-3の最強コンビ
印刷中に印刷室に出入りされたある先生が、僕たちの文集を激賞してくださいました。
ホント、前述したとおり、うちのクラスの文集はすごかったから……。
よくある「プロフィールの延長」みたいなのではく、充実のコンテンツですよ。
そして、その先生は、僕(=副委員長)と委員長を「3-3の最強コンビやもんなぁ。」
どういう判断で言われたのかはわかりませんが、まぁ嬉しいですね。
ちなみにその先生は、クラスの集合写真を白黒で印刷していた表紙について、
「そんなもん、担任に金出してもらってカラー印刷せぇよ。」とも言われました。
確かに、(金の有無・出所は別にして)表紙はカラーにしたかった、と言うのが正直なところ。

持て余しぎみ?

今、今日実施された山口県立高校の解答速報を見ています。
ちなみに、民放3社が同時に放送しているうちの日本テレビ系(山口放送)を……。

今社会で出ていたのが、「源氏物語の作者」「時差の求め方」などなど。
ちょっと忘れかけていたような……。

続いて理科。「化石燃料」「蒸散」「黄道」などなど。
やっぱり忘れかけてます。

幸い(?)、国語・数学・英語はちゃんと解けそうですが……。
もし先生がこの文を読まれたら何と言われるかな?

久しぶり~~♪

やぁやぁ諸君、久しぶりであった!今日から更新を再開するぞよ。わしは副管理人のよしピーじゃ。たった2週間とちょっと置いただけなのに、管理人は改名しているし、トップページはリニューアルされているし、おまけにサイトそのものの名前まで変わったし、わしはまるで玉手箱を開けて竜宮城へ行ってきたようじゃ。ほっほっ……。

……と、ここらでいつものトーンにもどして……。
第5回考査の実施に伴い、2週間とちょっとの間更新をやめていましたが、今日からまた更新をします。この間、皆さんにおかれましてはさぞさびしい思いをなさっていただろうと思うと言葉がありません。ですが、さすが僕のやること、抜かりがない!なんと更新しない間もメモ用紙に毎日少しずつ日々の出来事を書き綴っていたのです。今日はそれを一気に公開しますので、長くなりますが1日1日じっくり読んでさびしさを晴らしてください。
また、これまではここを更新しているよしピーなる人物が一体何者なのかを知る手段が全くありませんでしたので、左上の写真の下からプロフィールを見られるようにしました。(タムさんが使っておられるのと同じです。タムさんすみません)こちらもあわせてどうぞ。
では、いきましょう。長丁場ですがどうぞお付き合いを。

≪2/21≫
ある授業の際、先生が「『ローカル』とはどういう意味か?」という質問をある生徒にされたところ、その生徒が「あの、えーと、何か電車で……。」先生は「あー、確かにローカル線とか言うね。じゃ、電車といえば○○君、どうだ?」鉄道ファンとしての僕の地位が確かなものになってきたと感じる今日この頃であります。
音楽で、弾き語りのテスト。「翼をください」「TSUNAMI」「卒業写真」などの楽譜から自分で好きなように伴奏を作り、それを弾きながら歌を歌うというけっこう本格的なもの。クラスで音楽を選択した約20人の中では出席番号が最後である僕は、番号が最初の人とジャンケンをして番号を決めることに。「さいしょはグー、じゃーんけーん……。」僕がパー、相手はグー。勝ってしまった。もし勝ったら先を取ろうと決めていたので、迷わず「先にやります。」どうもこういった時って最後を選ぶというのがみんなの意見のようですが、あなたの場合は?確かに最初というのもなんですが、それ以上に緊張しながら最後まで自分の番を待つのは嫌です。

≪2/22≫
うちの高校の卒業式では、「仰げば尊し」の2番を歌わないそうです。小学校では、「名を立て……励めよ」の歌詞が今のお国柄?に合わないのだよ、と説明を受けて省略され、中学校では、普通に歌っていたし歌詞書き取りのテストまであった2番。皆さんはどうですか?2番も歌うようになってます?

≪2/23≫
うちのクラスは朝・帰りともにホームルームの時間がかなり短いです。今日も帰りは驚異的な短さ。おまけに、短いながらも先生の言葉に込められたものの大きさ。まぁ聞いてください。
「全員おるのー。最高の天気で、春の香に酔わないよう気をつけてかえってくれの。じゃ、終わり。」
礼が済んだ後、この言葉はとりあえずそこにあった英文法のノートに書きとめておきました。僕は先生の名言?を手当たり次第にノートに書くので、どの強化のノートを開いても絶対どこかに関係ないことが書かれています……。

≪2/24≫
批判的な文章の目立つ僕のブログですが、今日もその類です。郵便局員の方、または身内に郵便局員のいおられる方は読まない方がいいかもしれません。
手元に10円玉が150枚あって、これだと現在の法律では1回につき200円までしか買い物ができないし、財布に10円玉を150枚も入れて持ち歩くわけには行かないので、郵便局で両替を頼もうと考え、早速うちの市の「本局」へ。この局、「本局」であるくせに局員の態度が悪いです。このことは、1ヶ月ほど前にのりにまつわるトラブル?として書いたとおりです。そういうわけでなるべく局員とは関わりたくないので、まずは局員より多いに頼れるATM君のもとへ。1度入金した後におろせばいいことですから……。いつもどおり「入金」を押し、硬貨挿入口から150枚の10円玉をドボーンと入れてみると……。やっぱり量が多すぎとのことなので、枚数を1/3ほどまで減らしてTRY AGAIN!それでも多すぎとのことなので、ATM君に頼るのは諦め、局員に頼むことに。どこへ言えばいいかわからなかったので、とりあえず郵便窓口のヒマそうな局員に、自分でもアホかと思うくらい丁寧に「すみません、両替をしてもらいたいのですが、どこへ行けばよろしいですか?」すると案の定(といわれたらしまいだな)局員は面倒くさそうに「両替?」。なので、僕も面倒くさそうに150枚の10円玉を示すと、何を言っているのかわからないようなしゃんとしない声で「両替は×××……(聞き取り不能)」と言った途中で何と隣の窓口の局員の仕事に口出しをしだす始末!しばらく待ってみましたが一向にやめないので、腹が立つというより呆れ、立ち去りました。去り際に窓口を見ると、
 ≪責任を持って対応いたします。○○○○≫
また、上を見れば
 ≪局員の対応で「ここが不親切である」「このようにしてもらいたい」などがあれば用紙に記入し……≫
「お前の責任っちゃぁ何なんじゃ!?あー!?」と大声を出すことも、用紙に記入して出すことも簡単なことではありますが、やめました。大勢の前で大声を出すようなみっともないことはしたくないし、あの時用紙に記入すると自分でも考えられないくらい恐ろしいことを書いてしまいそうな気がしたから……。
そして、リベンジ・マッチ(?)を決意しました。手元にはまだ両替できていない、150枚の10円玉が眠っています。試験が済んだら、出直してきます。そして、今度もこれだったら、そのときは……。
こんなことなら、一刻も早く民営化を達成し、あんなやる気のない局員は辞めさせることですね。また、
 ①言葉だけの「責任」について
 ②明らかに「不親切」である局員がいるのに、わざわざ用紙を通じての客からの指摘を待つ、受け身な姿勢
 ③郵政公社発足当時TVCMで全国に流されていた、「真っ向サービス」というコピー
について、あの局員と局長の意見を求めたい、そんな気分であります。

≪2/25≫
今日で、福知山線での列車事故から10ヶ月、また羽越線での列車事故から2ヶ月が経ちました。JR西日本・東日本ともに、当時の社長・会長が辞職し、(あるいはその人事を発表し)時は確実に経っていると感じます。事故後、福知山線には2度乗車し、現場で手を合わせてきましたが、何度見ても鳥肌が立ちます。(本当に)また、電車から見える茶色い建物、そこに書かれている「尼崎市総合体育館」の文字からも衝撃を感じました。これらを見ることになれる日が来てはいけないと思っています。

≪2/26≫
優雅な朝食のひととき、ある旅行会社の広告を見て、旅気分に浸っていると……。別府の杉乃井ホテルに泊まりに行くのがありました。いいですよ、あそこは。ちょうど3年前、中1の3月に行きました。885系のグリーン車やレールスターのコンパートメントを初めて体験した旅でした。悔やまれるのは、あの時「使用済みの切符は記念に持って帰れる」ことを知らず、グリーン券やコンパートメント券をすべて渡してきたこと。(かつて「いそかぜ」や「おき」の名前入りの切符も同様の理由で改札で渡していました……。惜しい。)また、885系のグリーン車のウェルカムサービスのドリンクを、有料だとばかり思い断ってしまったこと。そういえば、ホテルのみやげ物売り場ではトヨタの「WISH」のCMソングだった「colors」やテツandトモの「♪なんでだろ~」が流れてました。あの時代の、懐かしい話です。

≪2/27≫
1年前の今日(2月27日)は、「いそかぜ」とお別れをした日です。去年の春の改正はなぜか火曜で、最終日(月曜)には乗車できず、やむなく1日早く「お別れ」を済ませました。
あと、今気になること。いつも正午になると、どこかから鐘の音がすること……。仏教の「ボォ~~ン」ではなく、キリスト教の「♪カラ~~ン」という音で……。一体どこから聞こえるのか?

≪2/28≫
卒業式の予式がありました。とはいえ、所要時間は約10分。中学校のときは、卒業式の練習といえば立ち方・座り方・セーターの着方・気をつけの仕方・礼の仕方・歌の歌い方……などとことこまかに指導されたものでした。そんな卒業式のことで1つ「なんだかな~~」と思うこと。座り方です。「男女混合の名簿」という、「平等」の意味をはき違えた無意味で不便な制度をとっている我が校(どこでも今はそうだろうけど)では、座り方まで「男女混合の名簿」そのまま。たとえば、同じく混合だったうちの中学校ですが、卒業式のときは在校生は男女別の出席番号順に座っていました。普通そうでしょ~~!大体、歌が歌いにくい!まぁ、歌はすべて「合唱」ではなく「斉唱」、すなわち大勢で1つのパートを歌う(そりゃ、「国歌合唱」なんて聞いたことないしね)のだから、それでよいといえばよいのですが。

≪3/1≫
昨日「予行」と書いたとおり、今日は卒業式でした。ということは、僕も1年前には中学校の卒業式を数日後に控えた身だったということ。いやー、できるならあの頃に戻りたいですよ……。給食とか、理科の授業とか、すごく懐かしい……。ことあるごとに書いてきたことですが、中3の1年間って、すごく思い出の多い年でした。新しく着任された担任の先生に「名字(漢字2字)の間にレ点を入れた状態」で呼ばれて(先生はもちろん本気です)、クラス中の笑の的になってしまった始業式の日の学活、奈良で歴史に触れ、京都で仲間と友情を深め、大阪で遊んで帰った修学旅行、本当は僕の価値感では想い出にはなりえないのに、なぜか楽しくて、不思議なことに思い出となってしまった体育祭、数百名の生徒のうち1ケタしか希望のいない「調査・研究部門」で頑張った文化祭、「未来へ」を歌って優勝した合唱コンクール、なぜか新幹線について語るハメになってしまった高校入試、残業・早朝出勤・休日出勤までこなして勤めたクラスの卒業文集の編集、なぜか2人も!の女子から一緒に写真を撮ってくれと頼まれた(もちろん、「シャッターを押してくれ」じゃありませんよ!じゃ、正確には「一緒に写真に写ってくれ」か。)卒業式、ストライクを2連続で出すという人生初の快挙を成し遂げた卒業後のボウリング大会……。中3の1年間の思い出は、「忘れがたきこと多かれど、え尽くさず。(by紀貫之。訳は「忘れられないことが多いのだけれど、全部は書きつくせない」)」ですよ。

≪3/2≫
先生が「今度のテストはこれまでにないハイレベルなものにする」と宣言しておられた現代社会のテスト。現代社会の点数は第1回考査の90点台から下降を続けており、このまま進級するわけには参りませんので、90点台への復活を目指してかなり勉強したつもりです。で、配布された問題を見てみると、「!?」。かなり簡単でした。憲法の主な条文(9・12・14・19・25・27・28・41・43・65・76・92・100条)の穴埋めがけっこうあり、先生はそこで点を落とされるつもりで作られたのかとも思いましたが……。憲法を一読していなくても、普通に社会を勉強していればわかりうるもの。ちなみに、前書いたとおり中学校の社会の先生は憲法の主な条文を暗記させておられました。それぞれのテストの範囲にもなっており、書き取りの小テストも何度もあったっけ……。この場をお借りして、中学校の社会の先生には衷心より感謝の意を表したいと思います。

≪3/3≫
古典の問題用紙のはじめを理解するのは、問題より難しい。
 一年 国語総合『古典』第五回考査
 平成十八七年三月三日(金)実施
とのことです。「十八七年」=「187年」だとすれば、平成はあと169年続くのか……。

≪3/4≫
12月や1月にでさえ、やれ「小春日和」がどうの、と書いていたわりに、3月になって寒くなりました。で、よく考えてみればこれは去年と同じパターンではないか!と気づいたのです。去年の今日(3月の第1土曜:2005年3月5日)は、前書いた「卒業文集の編集委員」の「休日出勤」をしに行った日なのでよく覚えています。教室のガラスはくもり、外には雪が舞っていました。そんな中3時間作業をし、昼からも重役(つまり、僕=副代表と、代表の人)はメールで連絡を取り合い、お互いの作業に励んでいました。あてにしていた平日の放課後の活動について、禁止令が出てしまった(別に悪いことをしたのではない)ので、こうでもしなければ仕方なかったのです。というわけで、「早朝出勤」や「残業」については、1年経った節目の日にでも紹介しませう。あれ、今日は気候の話をしようと思っていたのに……。

≪3/5≫
ネタがない(ならわざわざメモ用紙上での更新などせず勉強すればよいものを)ので、恒例の「1年前の日記 抜き打ちチェック!」でも。多分、これは今回が最後になるでしょう。1年前の日記は3/10で終わっているので。さすがに2年前の日記にまでネタを求めるようでは……。
……と思いましたが、1年前の抜き打ちチェックはやめます。内容が「休日出勤」のことで、既に昨日書いた通りなので……。改めて書くのもつまらないのでね。2年前の抜き打ちチェックにしましょう。(「2年前の日記にまでネタを求めるようでは」とさっき言ったのはどこの誰だっただろうか)
……と思いましたが、これもやめます。テストの合計が何点になって、それがどうとか、そういう内容なので……。というわけで、きりがないのでこれでやめます。まぁ、これでもネタにはなっただろう……。

≪3/6≫
夜の9時台に偶然テレビをつけたところ、NHKが写りました。で、そこから流れてきたのが「旅立ちの日に」の合唱。それも、どこぞの合唱団などではなく、3人の歌手によるもの。で、この3人が誰かというと、改めて言うまでもない、「最近の芸能関係にはまったく知識がない僕」の判断なので当てにはなりませんが、「氷川きよし」さん(これは間違いない)、「グッチ裕三」さん、「上戸彩」さんではないかと……。(もしあの3人が本当にこの3人で、字も合っていたならそれは奇跡です)いずれにせよ、あの番組は良かった!他にも、件の3人で「TOMORROW」、「どんなときも。」などを歌っていました。

あ~~、疲れた!これを打つのに1時間くらいかかってしまいました。
この後は、みなさんが1時間かけてコメントを書き込む番ですよ。
待ってま~~す!
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